3.11

森鴎外の歴史小説で『最後の一句』という短編がある。

江戸時代の実話を基にしたもので、死罪になる父の命を救う為に身代わりになろうと奉行所に願い出た”いち”という16歳の少女が、お白州での取り調べで役人に向かって最後にこう言う。

「お上の事に間違いはございますまいから。」

 

この言葉について、権威への痛烈な皮肉とする意見がある。

鴎外自身、ドイツ留学後一生にわたり高級官僚として権力の内部にいて、日本の官僚たちのある種の愚かしさを苦々しく思っていたに違いない。その意味では、まさに皮肉であったかもしれない。

 

でも、私はこの言葉は、”仁徳天皇の「民のかまど」の話”がいまだに語り継がれているように、日本人が心の奥底に持つ上に立つ者への信頼と畏れを、鴎外が改めて確認した言葉だと思う。

崇高な自己犠牲の境地に至った”いち”が、大丈夫ですね、全てをお任せします、と伝えた言葉の中に、権力への批判、あるいは『反抗の鋒(ほこさき)』を感じたのは受け取る役人側の問題であって、古来日本人は、上に立つ者はその責任を負うことを知る人であると思ってきた。

 

大家といえば親も同然、村人たちの命を救った庄屋さま、幕府の役人も政党の党首も、役目上、様々な知識を持ち、下の者や国の事を考えている人なのだという理解が一般にあったと思う。( もちろん例外はいっぱいあっただろうけれど....。)

その時は受け入れられない事であっても、あるいは不当と思える事であっても、それが相対するもう一つの是認されるべき解答なのだという思いが、”いち”にしろ、尊王攘夷派の武士にしろ、安保闘争の学生にしろ、権威に対する諦めや反発と共にあったはずだ。

 

上に立つという事は、信頼に対する責任を負うことだ。

その信頼を得て政治家になった人が、突然道を踏み外したり、謝った選択をする事は過去にもたくさんあったし、信用をお金で買えると勘違いした人もいただろう。

それでも、国家・市民を想う人が政治家になるという認識は小学生ですら持っていた。

それが、3.11の大災害と共に崩れ去った。

 

目の前の敵を倒すことだけが信条の人が、私たちが心の奥底に潜在意識のように持っていた上に立つ者への信頼をめちゃめちゃに壊した。

我が子を守ろうとするお母さん達は、「政府の言うことは信用できませんから。」と言う。

子ども達までが日本のトップを嘲笑した。

「お上の事に間違いはございますまいから。」という少女の言葉を書いた鴎外が、今の日本を見たらいったい何を思うだろうか.....。

 

今、懸命に頑張っている野田首相や若いやる気のある議員や官僚の方々は、どうか、この国がどれだけ有能な人達の努力で支えられているかを、もう一度、私たちに思い出させてほしい。

そして、それが本当の真実であると、私たちに心から信じさせてほしいと思う。