男の料理

普段、雑誌はめったに読まないが、たまに行く美容院や検診の医院でテーブルの上に置かれてあると、数冊選んでパラパラめくってみる。

書評と映画評論はたいがい読む。次に料理の記事を探す。

 

料理の記事といっても、女性誌によくある『お手軽・簡単にできる○○風ディナー』とか『もう一工夫でもっと美味しくなる○○』とかのレシピコーナーじゃない。

『通をうならせる一品』、『上質な食空間で楽しむ手間隙かけた季節の食材』なんていうドキドキするような紹介文と素晴らしい料理の写真が載った、老舗の懐石料亭や有名フレンチレストランの記事だ。

別に、そういうお店に行って写真の料理を数万円出して味わってみたいとか、こんな料理を自分で作ってみたいとか(笑)、そんな気持ちがある訳では全くなく、ただただ、料理人たちのとてつもない味へのこだわりと盛り付けのあまりの美しさに感動する。

ここまでくるとまさに芸術だと思う。雑誌を前に「ほう....」と思わず感嘆の声が出てしまう。

そうした料理人たちがみんな男性なのが女の私としてはちょっと悔しいが、男の”極める”という本能みたいな能力は、料理の世界でも間違いなく光り輝いている。

 

昔から『男の料理』と言えば、肉を塊のまま豪快に焙るとか、奥さんの迷惑も顧みず台所をめちゃくちゃにして一年に一回とんでもない迷作を作る、みたいなイメージがあるが、そういうのは趣味以前、お遊びみたいなもので料理に対する冒涜ですらある。そういう手合いは他の趣味を早々に見つけた方が良いと思う。

 

私の周りの料理好きの男性たちは、完全に料理人タイプだ。

味噌汁のだしは風呂に入っている間に煮干しを火にかけてさぁ....、パスタは粉からこねてパスタマシンを使ってね....、発芽玄米は自宅で栽培するにかぎるよ....。

手間隙かけた味に対するこだわりは、ただ美味しいものを食べたいというだけの素朴な欲求だ。

 

私の父も、包丁はとぎ職人に研いでもらうし、油温度計とかスケールや計量カップ、肉叩きや粉ふるいやフードプロセッサー、様々な道具を駆使している。

こだわり料理人は、まず道具の選別から始まってレシピや情報の収集、試行錯誤を経て自分の納得の味を見つける。

 

ある日、「チャーハンの作り方を教える。」と父が言うので台所に行ったら、火にかけた中華鍋の脇で父がストップウォッチ片手に立っていて、「油を入れて○秒、卵を入れて○秒、ほら、ご飯をいれろ!......具を入れて味付けだ!」

絶品チャーハンができたが、細かいレシピは覚えていない(笑)。

ただ、チャーハンは時間勝負だ!という事だけはしっかり覚えた。私のいつも作るチャーハンとは全然違った....。

 

ライブのリハの時にギターのツッチーに、「うちの冷やし中華のつゆは炒りゴマを擂り鉢ですって作るんだよ~。茄子の漬け物もすっごく柔らかくてさぁ。」と自慢したら、「わー、そりゃほんと美味しそうだね!きゅうりに粉末の昆布茶かけるのも簡単で美味いよ!重し付きの漬け物容器、ほんと欲しいんだよね....。」

ツッチーもこだわり料理人だ。

 

美味しいものを食べたい。良い音を出したい。気持ちいいグルーブに浸りたい。最高の空間で演奏したい。

みんな同じ次元のものだと思う。

最高の音を出すミュージシャンは、間違いなく最高に美味しいものを食べたいと願う食いしん坊だ。

音楽は哲学じゃなくて感覚の芸術、その意味で料理の世界と通じると思う。

ただ、ミュージシャンには、毎朝早起きして朝市に出かけるとか、10年も板前修行とか、まったく無理な話だ....。