赤穂浪士

12月8日は、会う人会う人がみんな「今日はジョン・レノンの命日ですね。」と言うから、いちいちその度に「今日は真珠湾攻撃の日ですね。」と答えて、一日中”変な人”で通した(笑)。

でも、12月14日と聞いて「ノストラダムスの誕生日ですね。」と言う人はいないだろう。

12月14日は日本国中、間違いなく『赤穂浪士討ち入りの日』だ。

 

赤穂藩士ではなく、赤穂浪士というのが何とも切ない。

彼らには、藩という身分保証も後ろ盾もなかった。討ち入りの年の夏には、お家再興の望みも絶たれていた。

将来の夢も野心も持てない日々を送りながら、ただただ主君の無念を晴らそうとCIAやMI6なみの情報網・連絡網を張り巡らせ、ネイビー・シールズなみの綿密な作戦を遂行して、12月14日、見事宿敵を討ち果たした。

忠義に命を懸け、悲しいほど一途で真っ直ぐな47人もの頑固者たちを束ねた大石内蔵助という人は、いったいどれほど大きな人だったのだろうか....。

 

12月になるとテレビではいつも特集番組があり、赤穂浪士たちがいかに日本の武士・侍であったかを様々な趣向で見せてくれる。

そうした番組を見ていつも感動して大泣きするのだが(笑)、快哉を叫ぶと同時に、大石内蔵助やその家族、47士や討ち入りに参加せずに不忠臣と蔑まれた人々・その子孫も含めて、みんながみんな本当に気の毒だったなぁ、、と思う。

 

5万石大藩の藩主で何百人もの家臣がいて、その家族も入れたら千人以上の人たちの生活を左右する身でありながら、なんで浅野内匠頭は事もあろうに殿中で馬鹿げた刃傷に及んだのだろう。

どんな時にも藩を第一に考え、歯を食いしばってでも藩に利するように行動するのが藩主の役目だろうに....。

吉良に意地悪されたから、、なんて子供じみた理由で人生を狂わされたたくさんの家臣たちにしてみれば、「どうして?」と言いたくなるのではないか。

それなのにほとんど誰も浅野内匠頭を恨んではいない。討ち入りの忠臣たちは、泉岳寺の墓前に吉良の首を供えて仇討ちの成功を報告し、亡君の無念を晴らした喜びに涙するのだ。

 

主君に対する『忠誠の念』というのはもの凄いなぁ、と思う。

昔だから、、ではなく、つい数十年前にも「天皇陛下、万歳!」と叫んでたくさんの人たちが尊い命を落とした。

藩の為に、日本の為に、死んでいった人たちの心に迷いは無かったと私は思う。

批判はいろいろあるだろうけれど、人はみんな自分が信じるものの為に生き、死ぬのだ。

 

現代において、『忠誠の念』は生き残っているだろうか。

日本の為に命を懸ける忠義の侍を見極める事ができるかどうか、今週の日曜日が決戦の日だ(笑)!。

 

郵便受けに押し込まれた選挙公報をテーブルの上に広げながら、大石内蔵助を選びたいけど、浅野内匠頭みたいなお偉方がくっついてちゃ困るな....、堀部安兵衛は威勢がいいけど、吉田忠左衛門が側にいないとどうなるか分からないなぁ....。たくさん有り過ぎる選択肢の前に、政治家は侍であってほしい、政治に名乗りを上げるからには国に対して『忠誠の念』を持ってほしいと思うのだが、3年前の悪夢が頭をよぎる。

書かれた公約を眺めながら、ほんとかいな....と疑いつつ、でもここで諦めるわけにはいかないと思う。

国の為に命を懸ける侍は絶対にいる筈だから、ちゃんと見なきゃ!と思う。

一途で真っ直ぐな、賢い頑固者を一生懸命選ぶ事が、私が国に対して出来るささやかな『忠誠』である。