2014年

10月

02日

クレヨンしんちゃん

私は『クレヨンしんちゃん』長年のファンだ。

原作の漫画は成人向けのコミック雑誌連載で、TV放送当初は世のお母さんたちから批判殺到だったらしい。

 

母親を呼ぶのに「みさえ!」なんて名前呼び捨てだし( いつの間にか「かあちゃん」になってたなぁ... )、お○り丸出しでダンスを踊るは可愛いビキニのお姉さんたちにデレデレだは、「おパンツ」とか「またずれ荘」とかこの時間帯でほんと大丈夫なんかい?と思ってるうちに、すっかり放送20年以上の長寿番組になった。

海外でもかなりの人気らしい。

 

”アクション仮面”登場の回には、一人テレビの前で腰に手を当て右手を高らかに挙げて、「わ~はっはっは!」としんちゃんと共にポーズを決めていたあの頃が本当に懐かしい、、(馬鹿・笑)。


つい先日、インドネシアの放送委員会が『クレヨンしんちゃん』は子供の視聴にふさわしくないとして、国内のテレビ局に警告を出した。

「しんちゃんはお○りを丸出しにしたり、他人のデートをのぞき見したりする。胸の谷間を強調したセクシーな服を着た女性も登場する。大人向けで、ポルノ同様だ。」というのが理由だそうだ。

インドネシアは世界最大のイスラム人口国だから、道徳的というよりは宗教的に「しんちゃんはいけない子!」だったのかもしれない。

 

しかし考えてみると、本来『クレヨンしんちゃん』は大人の為の漫画だった。

最初から子供向けに書かれた『ドラえもん』とは全然違う。

( 金曜夜7時は「『ドラえもん』7時半は『クレヨンしんちゃん』ー子供たちのゴールデンタイムだ。)

大人と子供ではギャグに対する感性が全く違うとみんな思っていたけれど、しんちゃんは見事にそれを否定した。

大人が面白いものは子供も面白いのだ。ただ下品に過ぎない限りは、、。

そこらへんの線引きが『クレヨンしんちゃん』の作者は天才的だった。

そして日本の社会の空気が鷹揚だったせいもあるのか、宗教指導者や文化庁長官から叱られる事も無く、今もしんちゃんはハチャメチャ元気だ。

 

日本においてアニメ文化は、作家の天才的な想像力と表現力、それを受容する視聴者の多様で旺盛な好奇心と面白がる心ー双方が相互に反応・影響し合って発展してきた。

もし日本の社会が、インドネシアのように宗教の戒律が厳しかったり西欧のように子供の教育に厳格であったなら、ここまで自由な土壌は生まれなかっただろうし、そもそも日本民族は大昔から面白いものが大好きなのだ。

江戸時代なんて、まさに面白いものだらけだ。

そう考えると、『クレヨンしんちゃん』は日本で生まれるべくして生まれた、日本文化の申し子だと言える!、、な~んてね、ちょっとオーバーだな....(笑)。

 

作者の臼井儀人氏が亡くなってしまったのは、本当に残念で悲しい。

しかし、わが『クレヨンしんちゃん』は永久に不滅です! 

もう一言、しょうもない意見を付け加えるなら、しんちゃんとタモリさんが私の頭の中では同一人物です(笑)。