2015年

12月

31日

大晦日

一年最後の日を東京で過ごすのは何年ぶりだろう?

 

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大混雑する東京駅の新幹線ホーム。

えっと〜、、どの列がどの列車?最後尾はどこ?、越後湯沢までしか行かないとか何とか放送で言ってるけど....、ほんとにこの列で大丈夫なんかなぁ、、。

あっ、そこのおばさんたち、割り込まないでよ、う〜、それにしても寒い....。

 

指定席をあらかじめ取っておけば良いのだが、私がそこまで用意周到だったら迷わず高速バスを選ぶ。年末はちょっとでも出遅れると予約が取れないので、結局新幹線の自由席になってしまう。

高速バスは乗車時間は長いが、車内は水を打ったように静かで荷物などのストレスもなく、山中の息を呑むような雪景色を思う存分堪能できて、私のように一人であ〜だこ〜だ考えるのが好きな人種には格段に快適なのだ。

しかも料金は新幹線の半分で、欲を言えば5時間じゃなく4時間だったらもっと良い ^ ^。

 

実家にたどり着くと、掃除や買い物、料理( 父のお手伝い )でいろいろ忙しい。

私と父がバタバタしている中、母が居間で悠然とテレビを見ている、というのが我が家のいつもの年末風景だ。

「ほら、良いのやってるから見ていけ。」と母は言う。(歌舞伎中継とか世界の美術館とか、、。)

なんか新約聖書のマルタとマリアみたいだなぁなんて思っていた。( 私はキリスト教信者ではないけれど。)

 

注文したおせち料理とお寿司が届くと、後はゆっくりお風呂に入って夕食だ。

父と私が晩酌をしている側で、母がお寿司をパクパク食べている。

醤油はネタにつけるんだと父が教えるのは毎度の事で、母はその時だけ直すがすぐに忘れてしまう....。

イエスの接待に立ち働く姉マルタと説教に聴き入るマリア(画:フェルメール)...wikipedia


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今年は新潟に帰らず、近くの駅前商店街でお正月の買い物を済ませた。

これからは『家(うち)のお正月』じゃなくて、『私のお正月』になるんだな、、。いろいろな思いがよぎってちょっと胸がいっぱいになった。

不精なことをしていると几帳面だった父に怒られそうだ ^ ^;;。

 

 

今年もブログを読んで頂き、本当にありがとうございました。

このブログを書く事で、大変だった一昨年/去年もなんとか乗り切れたような気がしています。

私にとって大切な”書くこと”と”弾くこと”。来年も楽しんでやっていきたいと思っています。

どうぞ良いお年をお迎えください!

 

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2015年

12月

25日

今日は...

クリスマス!ということで、商店街のお肉屋さんから店主のおじさん特製のローストチキンを買ってきた。

12月になったと同時にワクワク待っていたので、友人に会うたびに話していた。

「1羽ってこんなにおっきいんだけど、ほんと美味しいんだよ〜。」

パーティやるの?と聞かれて、「 え? 一人で食べるんだよ ^ ^ 」と言うと、だいたいみんな絶句する(笑)。


さすがに一度では食べきれないので、サラダやサンドイッチ・スープとかいろいろ食べて、あとは冷凍する。

季節のイベントを”食”で味わうって、なんか粋だよなぁ....。

日本人であれば、一年を通して相当な数の季節のイベントがある。正月、お花見、七夕・お盆、紅葉狩り、、。( まぁ自分で料理するんだったら100倍もっと粋なんだけどね ー_ー;; )

大勢の仲間たちと楽しむも良し、独りで楽しむも良しだ。

今晩は『孤独のグルメ』を気取って、もぐもぐやりながら”あ〜だこ〜だ”つぶやいてみようかな....(笑)。

 

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2015年

12月

11日

クリスマスシュトーレンとお正月

12月に入ってすぐ、いつも行く商店街の小さなパン屋さんに食パンとイチジク入りカンパーニュを買いに行ったら、見慣れない綺麗なお菓子のパッケージがたくさん置いてあった。

何かな?と思ってお店の奥さんに聞いたら、

「クリスマスシュトーレンです。ドイツでは、クリスマスまでに少しずつスライスして毎日食べるんですよ。」

ドライフルーツやナッツをたっぷり練り込んだ生地で、表面にはバターを塗って砂糖をまぶしてあるのだそうだ。

う〜、甘い物好きとしては話を聞いてるだけでたまらない....。

早速、小さなサイズを一つ買った。

奥さんが「少しずつ」と言ったけれど、あんまり美味しくて「少しずつ」は無理だった o_o;;。

 

*クリスマスシュトーレン*

(小さなサンタの置物は美容院でもらったプレゼント。

動かすとサンタの周りに雪がチラチラ舞って綺麗だ^ ^)



今日、もう一つ買いにお店に行った。

それからお肉屋さんに行って、クリスマスのお店特製ローストチキン(1羽分)を予約した。1羽は一人暮らしではさすがに食べ切れないのだけれど、台所で包丁片手に格闘解体・冷凍保存まですれば、最後は鶏ガラのスープまで一ヶ月以上堪能できる。

めちゃリーズナブルでめちゃ美味しい。

 

西欧文化ではクリスマスがクライマックス、日本の文化では桜かお正月だが、子供たちが心待ちするのはやはりお正月の方だと思う。

「♪もうい〜くつ寝ると〜お正月〜」....でも凧揚げ羽根つき・ゲームより楽しいのは、きっと家族みんなでご馳走を食べることだ。

うちの実家も、お寿司やすき焼き・料亭のおせちで連日ご馳走だった。

新潟の郷土料理である”こうと汁”を作るのは私の担当で、大根、人参、牛蒡とこんにゃく、かまぼこ、油揚げに焼き豆腐、鮭、豚肉、ねぎと銀杏、とと豆....10種類以上の具を入れる。味付けは醤油と砂糖がちょっと。

味見は、居間でくつろぐ母のところまで汁を入れた小皿を運んでお伺いをたてる。

「テンハオ、テンハオ!」と言ってくれるまで何回も往復する。(『テンハオ』は中国語で最高という意味らしい。母は中国人じゃないけれど、何故かこの『テンハオ』はお気に入りフレーズだった。)

この”こうと汁”のお椀にお餅を入れて食べるのが新潟のお雑煮だ。


来年は、父と母が相次いで亡くなって2回目のお正月。

毎年、年末は何があっても必ず新潟に帰って、家族三人で大晦日の夜を過ごした。帰って来いと言われるのではなく、私がどうしてもそうしたかった。

去年は一人きりの実家で、黙々と大掃除をして元旦を迎えた。


我ながら不思議なのだが、東京にいても新潟にいてもまったく一人という感じがしない。

いつも父と母がどこかにいる、話しかければいつも”なんだなんだ?”とこちらを見てくれる、、そんな暖かな空気をなんとなく感じる。

だからいっそ今年は、お正月を東京で過ごそうかと思っている。

父と母に、東京のお正月を見せてあげるのも悪くないな、と思う。

青空が広がるカラッとした関東のお正月は、新潟人にとってはなかなか衝撃的だ。

特に母は、一度だけ一緒に行った原宿竹下通りが大好きだったなぁ、なんて思い出した....。

何十年ぶりに明治神宮ってのも良いかもしれない、三が日の初詣はちょっと無理だろうけれど(笑)。


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2015年

11月

30日

愛しの”県高(けんたか)”-Part2-

”けんたか”-県立新潟高校については、書きたい事が山ほどある。

でも今日は、前回の”ちょっと考えた事”を書きたいので、ほんのさわりの3つほど、、。


”けんたか”の校風は一言で言えば自主自由だ。

校則がゆるく、先生たちとも仲が良かった。

女子は制服がなく、私なんぞ今となっては考えられないほど服装には気を使っていた(笑)。

毎日「ミニスカートにハイソックス」でキメてたなぁ、、極寒の新潟の冬でも気合入ってた....。

因みに、男子はGパンに学ランってのもOKだった。


『丈夫(ますらお)〜のたばっさむ粗野の〜、、』

もの凄く男らしく勇ましい( が、歌詞が難し過ぎて意味はよく分からない )応援歌を、超硬派応援団長の「それ〜!」の掛け声とともに、”お腹から声を出して”( 入学するとすぐ応援団の指導がある )だいたいどんな場面でも必ず歌った。

卒業式も例外ではない。そして卒業後も例外ではない。

これは伝統である。


年間最大のイベント・6月の『青陵祭』は、全校挙げて大変な事になる。

体育祭+パフォーマンス祭みたいな感じかな、、とにかくこの日に向けてみんなパワー全開だ。

各学年10クラスの縦割りで全校生徒が10連合を結成し、連合ごとに掲げるテーマに基づいたパフォーマンス、競技や応援、各陣地の応援席バックの大看板などで点数を競う。


準備期間は約1ヶ月。大道具や小道具、衣装、音楽製作などで校内騒然・混沌となる中、各連合早朝から夜間まで死力を尽くす。( でも授業は普通にある....o_o )

女子は炊き出し班で、練習の合間にせっせとおにぎりを握り、男子上級生は作戦会議で知恵をしぼる。

さながら戦国時代の合戦の様相だ(笑)。

上位入賞連合には、順位に応じて”あんぱん”が配られる。

”あんぱん”を沢山もらった連合の生徒たちは、もらえなかった連合の生徒たちに「や〜い!」と見せびらかしながら食べるのが正しい。これも伝統だ(笑)。

さて懸案の”ちょっと考えた事”というのは、、、。


この『青陵祭』の思い出に浸っていた時、ふと思った。

高校生活3年間で最大の収穫は、男子の生来一番良いところをまざまざと見た事だったんじゃないか。

社会に出れば失われる純粋さとか、そういう青春にまつわる感傷的な事ではなくもっと根源的な、へぇ〜っと女子が驚いて心の内でちょっと尊敬する長所。


<目的に向かって集団を効率的に組織し、計画者・行動者一丸となってもの凄いパワーで行動する。>


ふむふむ…。

男性の組織力は女性が一番かなわない部分だと思うのだ。

『青陵祭』の男子たちは実に圧倒的だった。

そして、女性が優れている部分ももちろん沢山ある。

『青陵祭』について言えば、その男子女子がお互いの良いところを出し合って(女子が補ってかな....?)、最高の成果が現れたのだと思う。


つい先日、世界男女格差指数ランキングというのが発表されて、日本は世界145カ国中101位なんだそうだ。

これは相当にひどい順位だ....。

日本は男女平等・男女同権の国じゃないんだな、と驚いた。

 

でもちょっと待てよ、、。

女性が男性と同じ事をするー例えば、企業や役所で女性幹部が男性と同数であるとか、研究組織で女性のトップが多いとかーそんな事が女性の地位向上なんだろうか?

男女の別なく、やりたい仕事が全力でやれる事ーそれが男女平等だと私は思うのだ。

そして、女性のやりたい事(得意な事)と男性のやりたい事が違って当然だ。

男性の良いところ、女性の良いところ、それぞれ認めて補い合う。

適材適所がうまくいけば、きっと最高の結果が出るはずだ。

 

高校時代の幸せな記憶のせいで、何ともシンプルな理想論になってしまったが、、。

 

そもそも、男性女性と括らないで、男らしい女子( 私のことではない....o_o)や女らしい男子もいるのだから、みんなが個人として平等に扱われる社会になればいいのに、と思う。


YouTubeで、『青陵祭』の応援歌合唱の動画がアップされていた。(2012/3/11公開とあるから、多分2011年の映像か?)

わくわくして見たら、女子校かっていうぐらい女子が多くてびっくりした。

『丈夫(ますらお)』も、Keyが相当上がって可愛らしく、振りもなんだか変わってしまって、時代の流れをつくづく感じた。

それでも、伝統は健在である。

『丈夫(ますらお)』は男子も女子も、”お腹から声を出して”( 意味は良く分からなくても )元気一杯歌うのが正しい^-^ 。


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2015年

11月

16日

愛しの”県高(けんたか)”-Part1-

私が卒業した県立新潟高校は、通称”県高(けんたか)”ー明治時代に旧制新潟中学校として創立された。

もともとは男子校で、

「私の高校は男子校だった。」

と些か省略して言うと、相手は一瞬混乱した表情を浮かべた後「やっぱりこいつは、、。」と得心したようにニヤッと笑う。

「いや、そうじゃなくて^ ^;;、昔は男子校だったけど、ちょっとずつ女子が入学するようになったんですよ。 」

 

(1999年に改築された校舎。

立派になったなぁ....。)


私が入った時は、一クラスに女子は8人だった。

さらに学年が上がって文系理系と分かれるようになると、女子が一人もいない『ヤモメ』クラスが登場する。

『ヤモメ』というとどこか切なく物哀しい響きがあるが、実際は理系男子の明るい巣窟、とんでもない面白ばなしや歴史に残る逸話を代々生み出してきた。

上級生の『ヤモメ』クラスの教室前を通るのは、下級生女子にとって殆ど肝試しに近い。

一人じゃ心細いので同級生女子と一緒に早足で通る。

運が悪い(?)と、廊下側の窓ガラスがガラガラっと開いて「★*ちゃ〜ん」と万雷の掛け声が掛かる。

まぁ、それはそれで嬉し恥ずかし・楽しかったりするのだが....(笑)。

 

先月、地元新潟で久しぶりの同窓会があった。

私は都合がつかず行けなかったのだが、後日、ネットの会員ページに当日の写真がたくさんアップされていて、懐かしい面々に思わず声を上げながら見入った。いろいろな思い出が蘇った。

と同時に、ふ〜む....とちと考える事があった。(いつもの変な癖です・笑)

別に大した事ではないのだが、次回ちょっと考察してみようと思います^ ^


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2015年

11月

05日

『危険な時代に生きる』

東京の自宅にはテレビがない。

あまり不便に感じないが、一つ二つ見たいテレビ番組もある。(『相棒』シリーズとか ^ ^ )

そういう時は新潟の実家でDVD録画しておいて、月一回帰った時にまとめて見る。


最近、興味があるのが『世界のドキュメンタリー・危険な時代に生きる(米)』だ。

昨年アメリカでエミー賞をとった番組で、9回シリーズで地球温暖化について警鐘を鳴らしている。

アメリカは、世界一の先進国でありながらずっとこの問題に消極的だった。

温暖化に対処する事について懐疑的な世論が根強いからだ。


そのアメリカで今、これほどまでに深く掘り下げたドキュメンタリー番組が制作されたという事は、二酸化炭素による地球温暖化はきっともう待ったなしの状況まで来ているのだ。


ハリソン・フォードやマット・デイモン、アーノルド・シュワルツェネッガーなどのハリウッドスターやジェームズ・キャメロンなどの映画監督、著名な報道関係者たちが集まってこのシリーズを製作している。

 

9作一つ一つのテーマが重過ぎてまだ全部を見れていないのだが、大企業の利益重視や政治家の不見識、発展途上国政府の汚職や資源の獲得競争といった分かりやすい問題点とは別に、意外な温暖化説・否定派の存在を知ってびっくりした。


アメリカのキリスト教保守勢力である福音派は、地球温暖化を人為的なものと認めていない。

全てがこの地を創られた神の御心で、自然のサイクルであるというのだ。

宇宙開発の最先端・NASAがある国で、こんなにも大勢の普通のアメリカ人たちが科学と信仰の矛盾に目を瞑ろうとしている。

環境問題を研究する科学者までが、自己の信仰と懸命に折り合いをつけようとする姿を見て、『二酸化炭素』と同じくらい問題なのは『宗教』なんじゃないか、と思った。

 

日本では一般に『宗教』については寛大で、無宗教じゃないんだけれど神さまとはどこか”なぁなぁの関係”(笑)なので、こうした信仰上の葛藤はどうもピンとこない。

でも、世界の大多数の人たちにとって宗教は絶対である。命を懸けるほどに、、。



今現在、世界中で起きている国際紛争。

アジア地域では領土問題が大変な事になっているが、それよりもここ十数年、世界各地で起きた宗教に関係する様々な衝突は、私たち日本人がほとんど想像できないくらい悲惨なものだ。

宗派の対立で戦争が起き、たくさんの罪の無い人たちが命を奪われている。


大気の中の『二酸化炭素』と人の心の中の『宗教』。

植物が光合成を行うのになくてはならない『二酸化炭素』と、私たちが生活するのに心の拠り所となる『宗教』。

どちらも大切なものなのに、過度に比重が大きくなると全てを破壊するくらいに危険なのだ。


”危険な時代”…人類は、自ら創り出した物のせいで無残に押し潰されようとしているように思えてならない。

何をどうしたらいいのかは全く分からないけれど、少なくとも、”世界で何が・どこで・どう動いているのか”を知っておかなくてはいけないと思った。

それも、”正しく知る事”だ。

 

でもあまりに複雑で難解な情報がたくさんあって、いったいその中の何が、どれくらい正しいのかよく分からない....。

私はこんな大変な時代に生きていて、しかもその事についてあまりに知らないのだなぁ、、。

今更ながら自分の生かじりさ加減にがっくりきた (-_-)。


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2015年

10月

28日

時間

猛暑の夏がようやく終わって、一息ついていたら急に朝晩ひんやりと感じるようになり、いきなり寒くなったなぁと思いながら郵便局に行ったら年賀状印刷の予約広告が貼ってあって、なんだかあたふた焦って気分は一気に年末になってしまった。

その前に秋だろっと自分でつっこんでみたが、どうも最近、月日の流れが異常に速い。

”さぁ、これから食欲の秋!”なんてわくわく意気込んでいて、気が付いたらもう外で雪が降っていたとか、実際おきそうな勢いだ。

 

先日、ライブのリハ中にメンバーと話していて、

「なんかさぁ、もうあっと言う間に一年終わっちゃいそうだよねぇ...。」

「ほんとほんと。やたら最近速いよ。前からこうだっけか?」

 

実はこういう会話、他の人たちとも頻繁に交わされていて、例えば他のミュージシャンたちやピアノの生徒さん、ライブハウスのママさんとか、みんな一様にとても実感を込めて言うのだ。

社交辞令の挨拶ではなく、心底驚いて「あれ、なんで?」というニュアンスがある。

 

昔、父が「40を過ぎると早いぞ〜。50を過ぎるとまっさかさまだ!」なんて笑いながら私を脅かしていたが、たいがい年を取るにつれ時間の流れは速く感じるものだ。

へんな言い方だが、”時間の相対的老化”のような感覚は年齢とともにどんどん加速していく。

これは一般的な現象でなんの不思議もないのだが、近頃奇妙に感じる事がある。

私から見ると随分若い人たちがまったく同じ事を言うのだ。

こちらに気を遣って(笑)、という風でもない。

同じ年代同志なら相身互いで笑ってお終いだが、若者たちが相手だと”時間の相対的老化”ではなく、”絶対的自然現象”ー例えば天気について話をしているような錯覚に陥る。

 

「今年の夏はめちゃ暑かった。」=「一年がめちゃ速いんだけど?」こんな感じかな...。

 

この件について、独断と偏見で2つ仮説を立ててみた。

『創元SF文庫』卒業生としてはもう少し奇抜なアイディアを出したいところだが、凡人にはこれが精一杯で残念だ...。

 

1.若者たちの時間感覚に変異が起きている。

時代の変化のスピードが速過ぎると、柔軟な若者の感性に少なからぬ影響を及ぼす。   

特に、Jazzなどの伝統文化=古き良き時代に発祥した文化を好む幾つかのグループは、インターネット上で過去の映像・音源( YouTube等 )に頻繁に接する事によって、現実のスピード感と体内感覚との間にずれが生じやすい。

 

2 .地球の時間軸に歪みが発生中。

アインシュタインの相対性理論で、空間の歪みとか何とかいうのがある。

全く理解不能だが、空間が歪むなら時間も歪むんじゃないだろうか(o_o)と考えてみた。  

宇宙のどこかの巨大ブラックホールがどうかこうかしたせいで、地球上すべての時間の流れが微妙に速くなった。

下手をすると太陽系全体に及ぶ現象なので、我々の科学レベルでは測定不能かもしれない。

太古の昔からの時間軸で生きている生物たちは、その微妙な変化を何となく感じて「あれ〜?」となるわけだ。この場合、老いも若きも同様に感じる。



ふむふむ、秋の夜長にSFにどっぷり浸るのも悪くない。ワームホールとか平行宇宙とか異次元とか意識世界とか、、。


さて時間の流れに話を戻すと( おバカな仮説は置いといて....笑)、例えば外出の準備でバタバタする時、仕事の締め切りでジタバタする時、一年のイベントがあとクリスマスぐらいしかないなぁと気付く時、ほとんど全ての人がいつもより時間が速いと感じる。

やる事が多過ぎて慌てるとか楽しい事が残り少なくなって寂しいとか、きっと原因はまるでSF的ではない。

そしてたぶん人生を終える頃には、数十年あっと言う間だったなぁなんてしみじみ思うのだ。

歳月の真の経過速度を、人生最後に身を以て知るという事か、、。

 

まだまだ先の話だと思っていると、いきなり「あれ、なんで?」になりかねないなぁ-_-;; 

まぁ、心配してどうなるものでもないか...(笑)。

 

『明日も元気、時間を無駄にせず』詰まるところ、これでだいたい大丈夫な気がした。

 

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2015年

10月

13日

盛り塩

自宅マンションの右隣の部屋。

前を通り過ぎるたびにちょっと気になっている事がある。

通路から少し奥まった玄関の前に、目立たないように盛り塩が置いてあるのだ。


料亭やお寿司屋さんの軒先で見る分には全く違和感が無いのだが、マンション通路の薄暗い蛍光灯の光の下、ひっそりと置かれた盛り塩を見ると、思わず”ぞぞっ”とする。


「お隣りさん、なんか出るんかぁ....?」

ずっと気になっていたが、ようやく今日、インターネットで『盛り塩』について調べることにした。

もしWikipediaかなんかに「盛り塩は、地縛霊や恐ろしい祟りを鎮める除霊の手段として非常に有効である。」なんて書いてあったらどうしよう、、だとしたら、隣に住んでいる私はもの凄くヤバいんじゃないだろうか? 

『呪怨』の恐怖シーンがぼうっと目の前に浮かんだ。

いくらホラー好きとはいえ、自分の身の上となるとこれは普通に怖い。

調べた結果、盛り塩には二つの意味があることが分かった。


*人寄せの為の縁起担ぎとしての盛り塩

*神事・葬送儀礼としてのお清めの塩。又神に捧げる神聖な供え物としての塩


飲食店じゃなくても、最近はただ”お清め”の意味で玄関に盛り塩を置く人もいるようだ。

amazonで『盛り塩セット★お試し価格』なんてのもあった。

私が知らなかっただけで、縁起担ぎグッズとして結構人気らしい。


しかしこんな記述もあった。

『……「盛り塩で清められる」と言われているため、霊自身が、「塩の側にいけば、自分は清められ、霊界に行ける」と、大きな勘違いをする……そして、盛り塩に引き寄せられてしまうのです。

玄関などに、盛り塩を置かれている人がいらっしゃるようですが、、、霊を引き寄せてしまいます。』

 

”霊を引き寄せてしまいます”、、えぇ〜っ、お隣さん、これ知ってるんかなぁ?

 

まぁ、”何が本当か”なんて調べようがないから、結局”何を信じるか”だ。

何も起きない事を願いつつ、夜は米朝師匠とナイツの子守唄でスヤスヤ寝ている。( 最近は三遊亭圓生師匠も参加 ^ ^ )

万が一の場合は父と母が護ってくれるから大丈夫ーよく分からないが、なんとなくそう思って安心している。

 

ふと、「amazonで買った盛り塩ってアメリカの塩かなぁ。」、、つまんない事をぼんやり考えてしまった....。

 

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2015年

9月

30日

『フランケンシュタイン』

私はホラー好きで、たぶん見る映画もかなり偏っている。

『エクソシスト』『オーメン』『シャイニング』『リング』『遊星からの物体X』『惑星ソラリス』、、この手の作品を好んで見る人というのは、マニア=変人の部類だと我ながら思う。

悪霊や悪魔、心霊現象や地球外生命体、人類史以前の太古から存在する未知の魔物ーそういう得体の知れないものに関わってしまって、不幸にも死に物狂いで闘わざるを得なかった主人公たち。

たいていは負けちゃうのだが、大作映画お約束の”勧善懲悪”じゃないところが好きだ。

人間なんて小さな存在なのだ、その事実をいやというほど知るのも自虐的な快感というかなんというか、、(笑)。

女性でこういうのが好きってのは珍しいんだろうなぁ。


思い起こせば、小さい頃に好きだった漫画は楳図かずお氏の『ママがこわい』ーヘビ女の恐怖漫画ーだった。

ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』は、怖さに震えながら何故か何回も読み返し、ラヴクラフトのクトゥルフ神話の物語は、子供には難解でさっぱり分からなかったが、文章全体から立ち上るぞっとする空気にドキドキした。


ホラーや怪物に関してはちょっと詳しいつもりでいたが、一人(?)見落としていた。

『フランケンシュタイン』

藤子不二雄氏の漫画『怪物くん』や映画『アダムスファミリー』のせいで、どうもコミカルなイメージがあって外していたのだ。

でも実際調べてみると、1818年に出版されたメアリー・シェリー(英)の原作はとてつもなく陰惨だ。


『フランケンシュタイン』というのはこの怪物の名前ではなく、創造者であるスイス人の医学生ヴィクター・フランケンシュタインに拠る。

彼は師と仰いだ亡き天才医学者の脳と処刑された殺人者の身体とをつなぎ合わせて、非常な困難の末にとんでもない”被造物”を創り出した。

その”被造物”は、外見のあまりの醜さ故に人々に迫害され虐待され疎外されるーしかしその内面は、人並み以上に知的で感受性豊かであったーいきなりこの世に生まれた無垢な心が、孤独と悲嘆と絶望に折れ無惨に壊れていく。

当時二十歳そこそこの女性が、どうしてこのような物語を書けたのか?


1994年公開、ケネス・ブラナー監督・ロバート・デ・ニーロ/ケネス・ブラナー主演の『フランケンシュタイン』は、メアリー・シェリーの原作に忠実に創られている。

最初に見たときは、怖いというより悲しい物語だ、と思った。

つい先日、この物語についてふとある事を思ってもう一度映画を見直した。映画の一場面がどうしても気になった。


「Who Are You ? 」とある人に尋ねられた怪物が、一瞬答えに詰まる。


彼は、創造者=父であるヴィクターから、名前すら与えられていなかったのだ。

ミルトンの『失楽園』を読み、老人の吹く笛の音に心を動かされるほどの高い知性と人間性を持った”被造物”が、醜さから迫害され怪物と蔑まれ、この地上にたった一人の言葉を交わすだけの友も理解者も無く打ち捨てられた。


「He Never Gave Me A Name.」

こう答えた時の彼の悲しみを超えた絶望はどれほどだったろうか?


先日考えた事というのは、成熟した精神が名前を持たないというのはどのような状態だろうという事だ。

どんなに虐待された子供も極悪非道の犯罪人も、この世に生を受けた時に名前をもらう。キリスト教でいう悪魔でさえ、エクソシストに名乗るべき名前を持っている。

名前がないという事は、生まれてからただの一度も存在を認められなかったという事だ。誰からも声も心もかけられなかったという事だ。

これはとても恐ろしい事ではないだろうか?


ホラー好きな私が、ヴィクター・フランケンシュタインに創造された怪物の絶望と怒りを思って、今までとはまるで違う恐怖に背筋が寒くなった。

本物のホラーは、もしかしてこういう事なのではないかと思ったー救いようのない絶対的な孤独と孤立と破滅。

映画を見終わった後、どうにもやりきれない気持ちになって泣きたくなった。

底知れない怖れと哀れみに胸が塞がれた....。


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2015年

9月

09日

ナイツ!

夜寝る時、米朝さんの落語を子守唄(?)代わりに聞いている。

もう内容はほとんど覚えちゃってるんだけれど、渋みのある声音(こわね)と絶妙な語り口が何とも心地よい。

最近、もう一つお気に入りが増えた。漫才コンビ・ナイツだ。


もともと、漫才はあまり好きではないし興味がなかった。

ライブハウスの演奏の合間、お客さんやメンバーが若手お笑い芸人の話題で盛り上がる事がよくあるが、うちはTVがないし(笑)まったく話についていけない。


とにかく、もの凄くたくさん芸人さんがいるのだ!ぐらいの認識しかなかった。

( 若い頃、イギリスの膨大な数のロックバンドの名前を必死で覚えた時の事を思い出した・笑 )

何故ナイツを知っているかといえば、亡くなった父が『笑点』のファンで、録画した『笑点』を家族でよく見ていた。大喜利の前にやる演芸でダントツに面白かったのがナイツで、名前をなんとなく覚えていたのだ。


ついこの間、YouTubeでたまたまナイツの一連の漫才や自己紹介などを見ていたら、ある事に気付いて面白いなぁと思った。

ナイツのメンバー、塙さんと土屋さんの二人の関係はまさに『相棒』なのだ。

このブログで以前考察(笑)した、”男性二人の『相棒』における距離感のある友情”について言えば、ナイツはまさにそれに当てはまる(2015/7/6の記事)。

漫才コンビなんてみんなそうじゃん!と思うかもしれないが、二人の間に信頼以上の尊敬があるかないかが鍵(キー)だ。


一学年後輩の土屋さんは塙さんの才能をめちゃくちゃ尊敬していて、それは彼の言動からにじみ出ている。アガサ・クリスティ著『名探偵ポワロ』のヘイスティングス大尉を彷彿とさせるのだ。

塙さんはかなり変人で(笑)どこかポワロ似の天才肌、ツッコミ役の土屋さんを心底信頼しているのがこれまた彼の言動からわかる。

私が愛してやまない、”名探偵ポワロ-相棒ヘイスティングス大尉”の漫才版がナイツなのだ!、、な〜んて勝手に思い込んでみた(笑)。


**念の為に言っておきますが、外見はまるで似てません....。**


米朝師匠とはさすがに持ちネタの量が違うので、毎晩ナイツを聞くというのは無理だし、落語と違って思わず爆笑してしまうので寝るときの子守唄代わりにはあまりならないのだけれど、なんだろう、二人の元気な声を聞くと安心して眠れるという不思議な現象が起きている。

これはどういう事なんだと考えたら、ふむ、私はナイツのファンなのだな....と思い至った。

ま、まさかこの私が、お笑いコンビのファンになるとはー_ー;;

 

人生何が起きるかわからない、、しみじみと実感したことだった(笑)。

 

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2015年

8月

31日

赤い靴と山登り

レッスン中に生徒さんと雑談するのが好きで、気を付けないと世界情勢・歴史・人生その他諸々の持論を一席盛大にぶってしまう。

そんな私のおしゃべりに心優しく付き合ってくれる類いまれなる生徒さんがある時、ふっと言った。

「先生のブログ、たまに見るけどミュージシャンのブログじゃないみたい…。」

『うぅ、いかん!そういえば音楽の話ず〜っと書いてない。その他諸々話ばっかだ、、。』


ということで、今回は珍しく音楽ネタ、『Jazzの練習』について書きたいと思います^-^ !

Jazzは、明けても暮れても練習/練習/練習です(笑)。


10何年前のある時、Jazzピアノを弾けるようになりたいと思った。

しばらくして本気で練習を始めた。

すると、それまで何となく外側だけ眺めていたのとはまるで違う、本物のJazzの世界がいきなり開けた。別世界の扉を開けてしまったかのようだった。目の前に立ちはだかる巨大な山の頂上に、古今東西偉大なピアニスト達が遠く見える。


山のふもとに立って見上げると、そのあまりの高さに普通の人なら「ま、見なかったことにしよう!」て事になる。

たまに私のように、2合目、いやせめて3合目まででも登りたいと思う命知らずな人が現れて、いったん登山道に足を踏み入れてしまうと、たぶん一生上を目指して歩き続けるという恐ろしいことになる。『赤い靴』を履いてしまった踊り子のようになるのだ(汗)。

なぜこんなホラーじみた言い方をするかというと、、。


尊敬する先輩ミュージシャンの最近のCDを聴いたりいっしょに演奏したりすると、演奏が微妙に変化している事に気づく事がある。

えっ、なんか違う、進化してる、、 う〜スゴ、また上手くなってる!

気付いて背筋がぞ〜っとするのだ(笑)。こんな凄い人がまだ汗をかいて登っている。

登り続ける為の努力が終わる事はないのだ、どんなに山の上の方にいようと。

これは本当に怖い、、。

そういう姿勢は後輩たちにちゃんと引き継がれていく。

Jazzミュージシャンたちは、こうして日々練習に明け暮れる。

 

上ばかり見ていると疲れるしストレスも溜まるので(笑)、たまには自分との対話も必要だ。

「最近、頑張ってるね。でもちょっと頑張り過ぎだよ。演奏に出ちゃってる、、。」

「力抜いてみたら?楽に弾いた方が良いよ。」

自分の中の声が、ある時は労い慰め、ある時は叱咤激励してくれる。

心強い味方の声だ。時々、もうやめちゃえば?!なんて意地の悪い事も言うけれど ー_ー;;

 

そんな練習の最中に、いろいろ大事な事に気付く。

先輩や友人達がずっと昔アドバイスしてくれたのに理解できなかった事が、あ、この事だったんだと解ったり、演奏がうまくいかない原因を思いがけず発見したり、、。

その気付く瞬間がなんとも言えず嬉しくて、一人ピアノに向かってにんまりする。ちょっと心臓がドキドキもする。

 

最近、リズムについていろいろ練習している。

今さらなんだけれど、指に力がついてきたせいもあって、”音符を自分の思う位置で弾く”という基本的な事がようやく少し出来るようになってきた。

まだ転んだりすべったり焦ったりで、文字通り七転八倒だ(笑)。

 

「たくさん練習したいと思うようになったら、Jazzにハマったって事だよ!」

某先輩ミュージシャンに言われた言葉だ^ ^

練習、楽しんでやってます。たくさん練習したいです(笑)!


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2015年

8月

03日

エレクトーンな日々~Part2~

大学を卒業すると、エレクトーン講師と並行してデモンストレーターの仕事を始めた。

高崎で研修を受けた後、地元でやった初めての仕事がなかなか試練だった(o_o);;

 

世間では春休みが始まった頃。

うららかなある日の朝8時、自宅にヤマハ担当者が迎えに来た。

慌ただしく一緒に車に乗り込んで『東映ドラえもん祭り』映画館会場へ。

朝一番の上映を待つ子供たちとお母さんたちで館内はワイワイ賑やかだ。


スクリーン前の狭い壇上スペースに無理やり置いた感のあるエレクトーン。かなり違和感有り、、。

壇上に登ってエレクトーンに向かって座ると、おもむろにマイクを持って「みなさ〜ん、おはようございます!」客席に呼びかける。

 

要は、映画が始まる前にエレクトーンの伴奏でドラえもんのテーマ曲( 「アンアンアン、とっても大好き、ド〜ラえもん!」ていう.... )をみんなで歌って、ヤマハ音楽教室も映画と同じくらい楽しいですよっていうPRをするのだが、、。

私が子ども相手に『歌のお姉さん』をやるってのは、今考えても甚だしいミスキャストだ、、当時の私は『アダムス・ファミリー』のウェンズデーみたいなヤツだったから(笑)。

子供もお母さんも突然の事にポカンと口を開けたままこちらを見ている。

もの凄く違和感有りまくりの空気にアップアップしながらも、なんとか最後まで伴奏を弾いて「それではみなさん、映画を楽しんでくださいね〜! 」

それ以降しばらく、ドラえもんを見たくなくなった。


************

ある風の強い日の午後。

その日は日曜日で、バスセンタービルの屋上の広場には、お昼休みの休憩に訪れた近くのお店の店員さん、買い物に来た家族客や高校生のカップルなんかでいつもよりちょっとだけ人出が多かった。

私は広場の片隅でエレクトーンを弾いていて、演奏は大きなスピーカーで広場じゅうに流れていた。

    (新潟市バスセンター)


今回の仕事は、マイク・セッティング無し・おしゃべり無し・弾くだけなので気楽だったが、担当者が側にいなくて一人きりなのが少しだけ気がかりだった。

事前に「大丈夫?」と聞かれて、

「大丈夫ですよ〜。変な人にからまれたらすぐ逃げてきます^ ^ 」元気に答えた。( 事務所は会場のすぐ近くにあった。) 

変な人は来なかったが、突然すごい強風が吹いて、重しを上に載せてまとめておいたかなりな量の譜面が一気にパァ〜っと舞い上がった。

驚いたが演奏中なので、広場を横切ってひらひら飛んでいく譜面を目で追いつつ「わっ、どうするかなぁ....。」と考えた。

まぁ考えてもどうにかなる事態じゃないので、仕方なく演奏を中断し風の広場を走って譜面回収した。

みんな見ていてちょっとかっこ悪かった、、。

 

************

新潟市外からの仕事も時々来た。

小さな町の楽器店の音楽教室・生徒募集キャンペーン。エレクトーンのデモ演奏でお客さんの興味を引く作戦だ。

お店によっては、お客さんを集めるよりこちらから積極的に打って出ようと考える意欲的な担当者がいて、これがなかなかハードな仕事だったりする。


小型トラックの荷台にエレクトーンを積んで、街中から土埃舞う郊外へ。

私は荷台に乗り込んで、トラックの拡声器から「春の生徒募集キャンペーン期間中です!」アナウンスが流れると、少しよろけながらも素早く椅子に座ってエレクトーンを弾き出す。( 若かったからできたんだよなぁ、、。)

私の長い髪が走る風に盛大になびいて、遠目にもかなりなインパクトだ。というか、見た人は普通にびっくりしたと思う(笑)。

こんな面白い経験はめったにできるもんじゃないので、流れる風景と鍵盤を半々に見ながら刺激的演奏を半日たっぷり楽しんだ^-^ 。

 

************

 ( こんな感じのトラック!)


他にもまだいろいろあったけれど、総じて「頑張った!」って感じかな。

 

エレクトーンに夢中だったあの頃の私。

どんな仕事も愚痴や不平不満を言わず一生懸命にやった。

目標を見定めて一直線に進む…あの時の心の有り様をまざまざと思い出して、少し弱った心が力をもらったような気がした。

我ながらちょっと背筋が伸びる思いがした。

 

過去の私が「頑張れ〜!」とエールを送ってくれている。

20代の怖いもの知らずの私だ(笑)。こちらを真っ直ぐに見据えている。

ブログを書きながら、そんな空想がふと浮かんだ。

 

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2015年

7月

28日

エレクトーンな日々~Part1~

大学3年生の秋頃だったか、学バスで一緒になった友人が、

「今、ヤマハでエレクトーン習ってるの ^-^ 面白いよ。 」と言った。

「へ〜、エレクトーン o_o 」

「タサは昔、ピアノ習ってたんでしょ?すぐ弾けるようになるよ!」

「どうかなぁ…。」

 

小さい時に苦行のようにピアノレッスンをやらされたおかげでクラシックが大嫌いになり、高校時代はロックばかり聴いていた。

大学受験で進路を決める時に音楽は絶対に選ばないと決意して、結局、国文学科に入学した。

 

この当時は、教職課程をとって高校の国語の先生になろうなんて気はさらさらなく、かといって文学の才能が特別あるわけでもなく、中途半端な気持ちでふらふらしていたところだったので、

「エレクトーンかぁ、やってみようかな、、。」

新潟市内・万代にあったヤマハ音楽センターに申し込みに行った。

 

クラシックと違って先生にあ〜だこ〜だ怒られず自由に好きに弾けて、ビートルズや荒井由美(-今は松任谷由実さん-) Jazzやボサノバ、お洒落でPopな曲集が沢山あって、リズムボックスからはいろんなリズムがシャカシャカズンチャカ出てきた。

夢中になって毎日練習した。( やっぱ好きな事しかやれないんだな、私....笑)

 

大学卒業前にエレクトーン講師の資格を取って、ヤマハ新潟センターに晴れて就職した。

音楽は職業に選ばない!固く決意した事なんて綺麗さっぱり忘れていた。

(近代文学ゼミの伊狩先生 、心配かけてごめんなさい m(_ _)m )

 

同時に、”エレクトーン・デモンストレーター”という仕事も始めた。

デモンストレーターは、イベント会場やお祭り、商店街や楽器店の販促なんかでエレクトーンを弾いてヤマハや楽器の宣伝をする。

東京だと、日曜日の午後ー新宿Pepe前の広場に巨大な透明カプセルが設置されて、その中でデモンストレーターがおしゃべりを交えながらエレクトーンを弾いていた。もう随分と昔の話だが、、。

東京のデモンストレーターはさすがにめちゃくちゃハイグレードで、たまに上京して新宿Pepe前で見学するたびにうっとり憧れたものだ。

 

さて、新潟のデモンストレーターな私。

大きな会場や記念イベントの仕事もあって緊張でハラハラドキドキだったが、記憶に残っているのはそうした華やかな体験ではない。

ドジったり焦ったり慌てたり、地方ならではのちょっと面白かった思い出だ。

 

これについてはちょっと長くなるので、次回Part2に続く....。

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当時、新宿Pepe前のエレクトーン・カプセルで使用されたGX-1。

700万円もする最高機種!

中身はアナログのポリフォニックシンセサイザーで、ELPのキース・エマーソンやスティービー・ワンダーといった有名ミュージシャンもレコーディングやライブの為に所有していた。

私もコンクールやなんかで何回か弾いたことがあるが、エレクトーンというよりは完全にシンセサイザーだ。

( 写真はYAMAHAのHPより )

 

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2015年

7月

19日

進化

毎年、この季節になると新潟の実家で蚊と格闘する。

東京でマンション住まいをしていると蚊なんてものににお目にかかる事はまず無いので、蚊取り線香くらいしか防御策を思いつかない状態で田舎に行くと本当にひどい目にあう。

あまりの事にしばし呆然とする程だ。

 

朝から強い日差しが照りつける庭の真ん中で、ぼうぼうに伸びた雑草を退治せんと日除け帽に長靴長袖長ズボン、防虫スプレーをふんだんに浴びて勇ましく立っているとする。

どこからともなくブ〜ンというかすかな、しかし力強い宣戦布告の合図があると、こちらは臨戦態勢に入りつつも万全の防御システムを備えている事を思い出して、不敵な笑みを浮かべつつ「来るなら来い!」と呟いて草取り作業に突入する。

一心不乱に雑草と戦って二十分後、汗を拭き拭きお風呂場でシャワーを浴びようと服を脱ぐと、長袖長ズボンの生地の上から貫通攻撃、防虫スプレー緩衝地帯をピンポイント攻撃されピンク色にぷっくりぽっくりふくれた被害跡をそこらじゅうに見つけて、かゆさも忘れ何故か「ほ〜.....。」と感心する。

「敵ながらあっぱれ!」ってやつだ。

 

だんだんこちらも用心深くなって、”ブ〜ン”と聞くやいなや首や肩や二の腕をパチンパチン叩いていたが、近年、あれっ?と思った事が数回あった。

”ブ〜ン”が全くなくて、首とか顔、例えば目の上とかを知らないうちに刺されているのだ。

友人たちに話したら、「年で耳が遠くなった?」なんて無礼千万な事を言われたが(笑)、いやそうじゃなくて確かに、”ブ〜ン”な蚊とサイレントな蚊がいるような気がする。



うんと昔に見た、いしいひさいち氏「バイト君」の4コマ漫画を思い出した。

真夏の大阪、下宿の狭い部屋で蚊取り線香をたいた「バイト君」たちが、それでも死なない蚊を手で叩きつぶそうとパチンパチン大騒ぎする。

防毒マスクをつけた次世代の蚊がそれを冷ややかに眺めながら「我々は進歩するのだ。それに引き換えこいつらは....。」と嘲笑う、、殺虫剤が効かない新型の蚊が出現したという漫画だったが、当時いしいひさいち氏が「蚊取り線香たいても駄目じゃん....」って経験をして書かれた漫画ではないかと思うのだ。

とすると、それから数十年、さらに進化した蚊が現れたんじゃないだろうか(-_-);;?


「ここんとこさ、こういう風に角度変えると音しなくなるんだよね ^ ^」

「へぇ、そうなんだ....凄いね!僕もやってみよ〜っと ^o^ 」



草むらの奥に集まって情報交換する蚊たちを想像して、ブルブルっとひとり戦慄するのであった(笑)。

虫たちは人間の数倍の速さで進化してたりして、、。それに引き換え私らは....。

 

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2015年

7月

06日

相棒

TVドラマ『相棒』は父が大好きだったので、新潟の家にはほぼ全作品の保存録画がある。

現在13シーズンが衝撃的な結末で終わったところで、次の4代目の相棒が誰になるのかファンの間ではいろんな噂が飛び交っている。( 3代目成宮くん、かなり好きだったんだけど、、。)


男性二人がチームを組んで事件を解決するという設定は、19世紀末の探偵シャーロック・ホームズとワトソンが今でも圧倒的な人気だが、私の好きなベルギー人の探偵エルキュール・ポワロにもヘイスティングス大尉という愛すべき相棒がいる。

杉下右京チームについて言えば、右京さんは警視庁特命係( 二人しかいない.... )の上司なので、一応厳然とした上下関係が存在する。

彼の慇懃無礼な物言いと若い相棒のラフな敬語のせいで二人はほとんど同僚のようだが、警察組織の中で上司と部下の間には越えられない壁がある。

そこへ行くと、ホームズとワトソン、ポワロとヘイスティングス大尉は立場的にはまったく対等な友人である。お互いの細かいところまで殆ど秘密なく知り尽くしている本当の友人だ。

 

この3つのチームは相棒との関係について若干の違いはあるが、活躍を見守る私たちとって、時代を超えて大きな好感をもって応援したくなるという共通点がある。

男二人っていうのは何だかとっても良いのだ。

目が離せないというか、暖かく見守るっていうか....(笑)。

彼らには、対等の友人関係であってもお互いにある種の距離感があり、上司・部下の関係の中にも表には出さない秘かな友情がある。

 


私が特に面白いと思うのは、ホームズもポワロも友人である相棒に対して、時に非常に横柄である。

ホームズはワトソンに対していつも上から目線だし(ホームズの性格という面もあるが )、ポワロはもともと尊大な人物なのでヘイスティングス大尉はいつも彼に気を遣っている。

こうした上下関係ともいうべき不平等感があるにも関わらず、心情的に互いに深い友情をいだいている。

この関係性が私にはとっても男性的に思える。女性二人のチームではまず成立しえない。

 

私は女なので、ホームズみたいに頭の良い人は尊敬はするが「君、こんなのは基本だよ。」なんて頭ごなしに言われた日には「な〜によ、えっらそうに!」と思うに違いない。友達になろうなんてさらさら思わない。

私が気が強いからではなく(笑)、女同士の友情にとって同じ目線の高さというのはとても大事な要素で、友情が成り立つ前提条件でさえある。対等であろうとしてお互いに気を遣うという事すらある。

その点、男の人たちを見ていると、評価すべき力の潜在力によって自然に階層がつくられる。目線の高さなんて誰も気にしていないように見える。能力の高い人は多少えらそうであっても他は当然の事のように認めるのだ。

友情とその事とは別次元という事か?

 

男性は階層的な関係に適応し、女性は平等な関係の中で生きようとするのかもしれない。

女性二人のチームの場合、二人が対等であれば友情が生まれるかもしれないが、それはきっと距離感のないものになるだろうし、上下関係がある場合には確かな友情はほぼ生まれないと思う。

もちろん個人差はあるだろうけれど、、。

 

さて、TVドラマ『相棒』の4代目か5代目の相棒が女性になるかも、なんて噂がある。

男性と女性の相棒なら、『X-File』(1993-2002年/米TVドラマ)のモルダーとスカリーが秀逸だった。

FBI捜査官として、UFOオタクのモルダーと理論派現実主義の科学者スカリーが超常現象的事件に立ち向かう。

時にぶつかり合いながらも強い信頼感と職業意識で支え合う二人は、男女の間に友情は存在するかという問題に「Yes!」とはっきり答えを出してくれているようで、そういう面でも『X-File』は面白かった。

( UFO・超常現象系の話題は私としては絶対外せないしね!・笑)


シリーズ最後には、視聴者の熱狂的懇願に制作サイドが負けて二人は結ばれちゃうんだけど、この展開は本当に本当に残念だった、あのストイックな距離感がめちゃ良かったのに、、。

私って性格歪んでるのかなぁ....(ー_ー)....恋愛ものはどうも苦手だ。

 

『相棒』これからがまた楽しみだ^ ^14シーズンは秋の予定。

右京さんが女性の相棒と恋に落ちるなんて展開だけは、ほんと勘弁してほしいが、、。


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2015年

6月

25日

鬼の霍乱

鬼の霍乱をネットで調べたら「ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ。」とあった。

ふむ....。


日曜日の夕方に新潟から帰って来た。「やれやれ疲れた、、。」お風呂上がりに軽く一杯飲んで早くに寝てしまった。

朝、いつも通りに起きるとどうも調子が悪い。

それでも午前中はフライヤーの手配とかで忙しくしていたが、お昼になってご飯を食べられそうにないと気づいた。

このめちゃくちゃ久しぶりの最悪な感じ、、私、きっとすっごい熱あるわ、、。

へなへなとベッドに倒れ込んで、そのまま2日間寝込んだ。


今は熱も下がってお粥を食べているが、まさに鬼の霍乱だったな、と思った。

しかしなんで『鬼』なのか?

ネットの故事ことわざ辞典では「病気などしたことない人を、強くて丈夫な鬼にたとえて、」と解説していた。

へぇ、元気な鬼ってことか、、恐くない鬼もいるんだね。


私は普段、仲の良い友だちやお客さんや、先輩のミュージシャンからさえも「みっちゃんは恐いからねぇ!」とよくからかわれる。

みんな冗談で言っているのはわかるけれど、私は一度だって相手を怖がらせようと思ったことはないので、そう言われると本当に途方にくれる。

どうして?と思わず相手に訊ねてみたくなるが、また怖がられそうなのでそのまま聞いておく。

まぁ、あまりにストレートな物言いは気を付けなさいということだな。

そういえば、うんと小さな頃に母がそのような事を言っていたのを思い出した。あの時ちゃんと言うことを聞いておけば良かった....(ー_ー)


あれ、だいぶ横道に逸れてしまった。 


この2日間、何もせず何も考えず( 熱があるとさすがに脳もお休みだ )、ただひたすら寝た。

時々、PCのNHKオンデマンドで『その時歴史が動いた』なんて昔の番組を見ていても、途中でまた寝てしまう。よくもこんなに寝られたものだ。

知らず知らずのうちにたまった疲れが起こした鬼の霍乱だったかもしれない。


ちょうど新潟に帰っていた時、高校時代の同期の仲間たちが集まる会があって、そこで1年前にみんなと撮った写真を受け取った。

両親の納骨・父の一周忌が終わって東京に引っ越す前日だ。

なんだか自分じゃないような変な感じがした。不自然な笑顔が、あの当時の張り詰めた気持ちを思い出させた。



そうだ、あのぴりぴりと緊張した心のまま、この一年を過ごしたのだ。

きっと体と心がさすがに音を上げたのだろうな、、。

ついでに言えばこの3日間、お酒を一滴も飲んでいないから、お腹と肝臓くんにも久しぶりに良い休養になったはずだ(笑)。


ゆるゆるとまた活動開始である。

気持ちをほぐして、肩の力を抜くことから始めよう。

今晩から晩酌も再開だな....(笑)。


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2015年

6月

13日

仏教 Part2

先月20日に父と母の法要で伺ったお寺は、新潟でもとても由緒ある真言宗のお寺だ。

お葬式の日はさすがに気持ちの余裕など無かったが、今回は三回忌だ。

大きな本堂や石庭の見事な苔、祭壇の豪華さに今更ながら驚いて、お経が始まるまで、周囲をくるくる見回したり天井をまじまじ見上げたりして気持ちが落ち着かなかった。

 

東京で音楽をやる、新潟で遺品の整理をする、二つの生活は私にとって時空ワープするような感じで、そんな生活を一年間続けてこのワープ感はさらに強まってきている。

そして今、寺院で厳かにお経を聞き、お線香をあげ、数珠を手に頭を下げる、、日常から遠く離れ現世から意識がワープする。

最近、父と母を日々身近に感じることで、東京にいても新潟にいても別の大きな時空の一部にいるような、今まで感じたことのない位置感覚を感じるようになった。

それは宗教的というより、随分と現実的・実際的な感覚である。

この世とは何だろう?人間って何だろう?

”哲学的に”ではなく、”物理的・科学的な”意味合いで、、。私たちが目で見る姿が人間の全てなんだろうか?世界の全てなんだろうか?

音楽のようなお経が流れる空間に漂いながら、ゆっくりぼんやりと考えていた。

 

法要が終わると、お寺様から広い本堂の各所に祀られた神仏像についてお話しがあった。


ご本尊様を真ん中に、右の一画にはまた別の仏さま、左の一画の奥には鏡の御神体が祀られ( 鏡って神道?)、その斜向かいには象の形の神像がおられる。( インド料理のお店でよく見る神さまだ。)

さらに私たちが座っている脇の壁には、大きな天狗さまの絵が、、。

そういえば本堂に渡る廊下に巨大な龍の置き物があったな、、。

 

真言宗は古い宗教で、昔の仏教はたいへん大らかであった。

「偉いもの、尊いものには宗教の別なく手を合わせるんですね。鎌倉時代くらいから、信仰の対象が特化してきて、教義も厳しくなっていきました。」

 

仏教発祥の地インドでは、その寛容さからどんどん他の宗教にやられちゃったんだそうだ....(^ ^;; 

( インド2001年の仏教徒の割合は総人口のたった0.8%である。)

 

「対象が特化すると内容が厳しくなるのは、どんな分野でも同じです。田崎さんも、全ての音楽の中でJazzを特化してやっていますよね。Jazzに対してはとても厳しいんじゃないですか?」

わ....、ほんとにそうだ!

もし、普段の私だったら全然ピンとこなかったかもしれない。

でも平安時代の仏教のここまでの大らかさに触れた後では、お寺様のこの言葉はずっしり心に響いた。



自分に厳しいならまだしも、周りにまで厳しくなってはいけないなぁ。

音楽をやる姿勢っていうのは、懐(ふところ)を広く持とうとする気持ちと相まって、意識しないと容易に見失ってしまうものだと思う。

でも、それを警戒するあまりJazzだけに特化して排他的になる事がないように、と自分に言い聞かせた。

 

仏教にはたくさんの宗派、戒律、難しい教義があるのだろう。

でも、もしかして一番最初にお釈迦様が説いた教えは、もの凄くシンプルでもの凄く大らかで、人の心を惹きつける魅力的なものだったんじゃないかな、と思う。

良いものはきっとストレートに心に伝わるのだ、音楽も人の言葉も、、。

 

三回忌にあたっていろいろ考えた。

本当は父と母のことを考えるのだろうが、他の事をいっぱいあれこれぐしゃぐしゃと考えた。

「まぁ、お前らしいわな....。」あきらめ顏で笑う父の声を聞いたような気がした。

パパ、ママ、ごめんね、、(涙)。

 

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2015年

5月

26日

仏教 Part1

父と母の三回忌で新潟に帰った。

この2年の間にすっかり着慣れた黒の喪服を着て玄関の鏡の前に立ったら、随分と疲れた顔をした自分の姿にちょっとびっくりした。

まだ2年なんだ...、いろいろな出来事が頭の中でぐるぐる駆け回った。


東京から一緒に帰った父母の位牌をもって、新潟市沼垂(ぬったり)にある真言宗の大きなお寺に伺った。

もの凄く広い本堂は大きく3つに分けられていて、中央の一番立派な祭壇の前で、住職のお寺様が父母の為にお経を上げてくれた。

真言宗のお経は母が大好きだったお経だ。

グレゴリオ聖歌のように音楽的で多様なリズムと旋律があり、大空間に響くお坊さんの声は豊かな倍音を含んでとても美しい。

合間に鳴らされるパーカッション的な鐘やシンバルやクラベスのような楽器の音に時々はっとしながら、終わりまでずっと不思議な浮遊感を感じていた。


<法要の後でお寺様がおっしゃった事>

 

少しでもたくさんの人々に説法を聞いてもらうために、お釈迦さまは弟子達にその方法を教えた。

 美しい音楽と華やかな飾りと美味しい食べ物で、

 人の心を惹き付けなさい。

 教えを無理強いして押し付けてはいけない。

 興味を持って尋ねてくる人だけに伝えなさい。



私はお寺様に、何故お経は日本人が理解できない言葉で唱えられるのか聞いてみた。

「今日のお経はどういう意味があるのか、知りたいと思った人が尋ね、興味を持った人だけが理解するのです。」

お釈迦さまと弟子達は、大事な事を伝える為に細心の注意を払ったのだ。


私はJazzが好きで、少しでもたくさんの人に演奏を聞いてもらいたいと思う。

でもその為に何を考えただろう?

その事を伝える為にどんな注意を払っただろう?

ライブに来て下さいね! 無理強いで誘っているだけではないか?

どんな演奏をすればJazzに関心を持ってもらえるんだろう?


家に帰って、また玄関の鏡を覗き込んだ。

出掛ける時に見た疲れた顔が、わずか数時間のうちに哲学的に悩める顔になっていた(笑)!

 

お寺様がおっしゃっていたが、父と母は今、あちらの世界でいろいろと修行中なのだそうだ。父は真面目な人だったから、きっともの凄く頑張っているに違いない(笑)。

今の私のように好きな時に好きな事だけをやるっていうのは、この世にいる者として、なにより表現者として随分と甘えた事だなぁ、とふっと思った

やり始めないといけない。ようやくそう思った。

ようやく、、だなぁ....(笑)。

でも、”今だから”かもしれない。

 

父と母の事でいろいろとお世話になったこのお寺様はとてもお若い方で、私の音楽活動についても興味を持って聞いて下さった。

人生のある時期、仏教や宗教の教えに触れる事で自分の中の何かが変わる、見方が少し変わるーそういう体験をしたという事を、忘れずに覚えておこうと思った。

 

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2015年

5月

14日

マスターの受難

2月8日の深夜、ライブから帰って「さぁ、お疲れ!」と、めちゃくつろいでスマホのメールをチェックした。

一杯飲んでほんのり赤くなった顔が一気に青くなった。

J.J.Nashのマスター・Kenさんが事故にあって、集中治療室でメールも打てない状態だという。

関係ミュージシャンたちは、翌朝になるとお互いに連絡を取り合って情報を探ったが、誰も詳細を知らない。

私は最悪の事態を考えて、月一回新潟に行っている間に何かあったらどうしようとずっと気が気ではなかった。

 

45日、FBにマスターの書き込みがあった。

一時は、首から下が完全麻痺と危惧されたが順調に回復し、今は筋力トレーニングと手のリハビリに励んでいるとのこと。

明るくイェーイ!な感じで、それを読んだ時はどっと身体から力が抜けて、Nashと関係無いたまたま一緒にいたミュージシャンたちに、実はさぁ~、と長々と解説してしまった、、。

 

ツッチーと連絡をとって、マスターのお見舞いに行く事にした。

ツッチーは長野のりんごのお菓子、私は老舗のおせんべい、およそミュージシャンらしからぬ差し入れ(笑)を携えて病室をのぞくと、ベッドに横になっていたマスターは、

「お~っ!」

と驚いて、めちゃめちゃ喜んでくれた。

広いラウンジに移動して( マスター、普通にスタスタ歩いてるし....笑 ) 、いろいろ事情を聞くうちに、これは本当に非常事態だったのだと分かった。

マスターは強運の持ち主で、でも、まだこれからトレーニングとリハビリは相当大変なのだ。

ツッチーが、私よりももっともっと超最悪な事態を考えていた事を告白して、”あんたねぇ....”と三人で笑った。

でも、ツッチーは本当に怖かったんだなぁ、みんなで笑えて本当に良かったと私は思った。


マスターが時間を気にしていて、なんでかなぁと思ったら、4時からギターの練習の為にお部屋を借りているんだって。

またまた、スタスタと(笑)三人で移動して、説明室のような小さなお部屋に落ち着くと、やおらマスターが隅に置いてあったケースからギターを取り出した。

J.J.Nashで何回も聞いているマスターの歌とギター。

指は思うように動かないしマイクも無い、廊下の音も筒抜けで拍手もない。

でもどうしてだろう、今まででとびっきりかっこいい演奏だった、お世辞じゃなく。

ツッチーも同じ事を言っていた。きっと私と同じ事を感じたのだと思う。

 

音楽をやれる、この手で楽器を演奏できる、その事に、マスターと一緒に心の底から喜びと感謝を感じたのだ。

 

帰り際、受付の脇に白いグランドピアノが置いてあって、マスターとツッチーが弾け弾けというので、恥ずかしながら(^ ^;; 2曲弾いた。

最高のお見舞いだ!とマスターが言ってくれたのが、最高に嬉しかった。



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2015年

5月

06日

フライヤー

リーダー・ライブ( 自分がリーダーになって企画するライブ )は、オリジナルや気に入ったスタンダード曲を好きなだけ思いっきり(笑)演奏できる、緊張するけれど最高に楽しいライブだ。選曲の時からもうワクワクする。

でも楽しい事ばかりじゃない。

 

リーダー・ライブをやるにはまずお店と交渉し、日にちを決めて、信頼するプレーヤーさんたちに「一緒に演って下さい。」とお願いする。スケジュール調整にはいろいろ気を使う。

そして、たくさんのお客さんに来てもらう為にメールやFB等で告知する。

その際一番効果的なのはフライヤーで、『いつ何処で誰々とライブをやります、どうぞ来て下さいね!』の個人的なチラシな訳だが、私にとってこれがけっこう難業なのだ。

Macのおまけソフトを使ってなんとか必要最低限な感じで作っていたが、それを眺めて生徒さんが言うのだ。

「えぇ!おまけソフトでここまで出来るんですかぁ?、、ん~、でもビミョ~に残念って感じですねぇ....。」

言いたい事は凄く分かる。

ワードとか、もっとちゃんとしたソフトを使えば見映えのするものが作れるのに、という事だ。

分かってはいるが、なにせうちはMacだし、ソフトの習得に時間をかけるのはイヤだし面倒だし大変だし、、とかなんとか言い訳をしながらそのままにしていたが、ついに運命の時は訪れた。

 

高田馬場のお店でライブ後、メンバーやさち子ママと和やかに談笑していた。

突然、ママが真顔になって私に言った。

「みちこさん。フライヤー、レベルアップ頑張りましょう。」

「はぁ、、。」

ママはテーブルの上に何枚か大小のフライヤーを並べて、

「出演者の皆さんは、だいたいこのくらいのものを作られてますよ。」

私は、ちらっと見ただけで絶望的に呟いた。

「わ、ぜぇっったい無理....。みんな凄過ぎ....。」

 

トオイくんは、「フライヤーはやっぱり大事。」ってな納得顔で見ているし、玲くんはさっそくiPhoneを覗き込んで、「スマホに無料ソフト、い〜っぱい落ちてますよ!」なんて爽やかに言う。

孤立無援(-_-);  もはやこれまでと観念した。

「頑張ります....。ふぅ....。」

 

それから10日あまり、ネットでMac用のフライヤー・ソフトを探しまわり、ようやく良さそうなお試し版を見つけた。( Macのフライヤー・ソフトは英語版でカッコいいのが多くて、こういう時日本人なのが残念だ・笑)

お試し版ソフトはなかなかの優れもので、こんな私でも切り絵貼り絵感覚でいろいろ出来てしまう。

あんまり面白かったので背景の図柄に凝り過ぎたら、ママから「背景はインクを使いますから白地にしましょう。」o_o

激しくがっかりしつつ、なんとか完成。

 

記念すべき第1&2作。

周りからの「ふ~ん....^ ^ 」な軽いリアクションに傷つきながらも、私としては『初めの一歩』的な自信作である。

いやぁ、汗と涙の初フライヤー製作だった(笑)。



*もしお時間ありましたら、聞きに来てくださいね!m(_ _)m

 

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2015年

5月

01日

安倍総理の演説

2013年11月にこのブログで書いた記事。(11/17『頑張れ、日本』)

 

 ”以前からなんだかなぁ....と思っていた。

 最近は怒りを通り越して、もういい加減にしてほしいなぁ....と呆れていた。

 韓国。

 

 ようやく日本も、竹島や慰安婦問題について海外に向けて発信し始めた。

 外務省や民間有識者が、英語で日本の立場を説明する動画を

 YouTube等に挙げている。

 情報戦だ!

 

 そもそも歴史を作り変えるなんて、何百年も前のことならいざ知らず、

 まだ目撃者、経験者が生きているのに可能なんだろうか。

 だいたい”歴史学者”っていったい何してるのかなぁ....。

 何を研究してるんだろう??、、、、”

 

あれから1年半。

先月26日から国賓級待遇でアメリカを訪問している安倍総理。

29日(米時間)には、日本の首相として初めて米上下両院合同会議で演説した。

韓国は、アメリカ訪問も議会演説も官民挙げて妨害し、演説内容にまで注文をつけていたから、内心ちょっとだけ心配だった。アメリカ国内にも批判的なメディアや反日議員がいる。


30日朝、インターネットにあがった安倍総理の歴史的演説の動画。

感動した(泣)!内容もスピーチする姿も、誠実で真摯で心がこもっていた。

米議員たちの10回を超えるスタンディング・オベイションは異例な事だそうだ。

日本外交、GJ !! よくぞここまで頑張った....。

安倍総理、本当にお疲れ様でした。

1年半前、悔しく思いながらブログを書いていた時の事を思い出した。

 

まだまだ難問山積。

でも、日本を取り巻く世界の景色が少しずつ変わってきているように感じる。

就任以来、国のリーダーとして安倍総理が大奮闘してきた事実を、私たち国民は誇りに思うべきだと心から思った。

 


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2015年

4月

29日

多事多難

先週、ライブの休憩中にTamiちゃんと世間話をしていた。

「ひとつ問題が起こると、次から次といろいろ続くよねぇ。」

ちょっと悩ましげにTamiちゃんが呟いて、私は「ほんっっとそうだよねぇ!」と激しく同意した(- o -)


Tamiちゃんのトラブルが何なのかは聞かなかったが、私の頭の中ではここ約1ヶ月間の様々な出来事がぐるぐる入り乱れて駆け回り、マジでくらっとした。

全て私の考え過ぎが招いた事なのだが、いろいろな所でその結果が噴出して時期も集中した。

考え過ぎたのは溜まった疲れからなのか、その原因まで考え過ぎたくないので、自分がこれからどうしたいのかだけ集中して考えた。

頭の中の回路がぐしゃぐしゃになっていて、夜、横になって目を瞑ると、配線がショートしてパチパチ音を立てるのが聞こえるほどだった。


最近ようやく考えがまとまって、ヒートアップした脳内温度が下がってきたようだ。

毎朝、父と母の位牌に手を合わせてああでもないこうでもないとブツブツ話し掛けていたが、今朝、心の中に父の声がした。

「もう決めたんだろ?考えるのは終わりにしたらどうだ?」


そうだ、もう決めたのだ。言い訳や正当化や理屈付けや泣き言なんかをこねくりまわしていてもしようがない。

これからやりたい事とやらなきゃいけない事だけ、考えれば良いのだ。


どっと身体の力が抜けて、頭の中がすっきりした。

しかしこの1ヶ月余り、ほんと疲れた....考えるってのはほんと疲れる。

脳が、他の臓器と比べてもの凄く大量にカロリーを消費するというのはきっと本当だ。

その上、何故か食欲もなくなる。

脳が手一杯になると、食欲まで気が回らなくなるんだな....(笑)。

 

人間の身体は面白い。それぞれが一生懸命働いている。

HAL(『2001年宇宙の旅』)と私の脳の共通点( 感性的な何か)を探してみるっていうのはどうかな?

似ているのは”考え過ぎ”ってところだけかもしれないけど(笑)。


(HAL9000のカメラEye)


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2015年

4月

06日

ケーキ屋さんーひとりっ子について

中学に入ったばかりの頃、学校の帰り道にそれはそれは美味しいケーキ屋さんがあって、毎月のお小遣いのほとんどをケーキに使っていた。( 残りはおそらく文庫本か漫画。)


ババロアやプリンやシュークリーム、生クリームと果物がいっぱい乗ったショートケーキやこってり濃厚なチョコレートケーキ、子供にはある意味贅沢すぎるサバラン(笑)、、。お店の中は、甘く華やかな香りでいっぱいだ。


様々なリキュールとバニラエッセンス、バターが湯煎でゆっくり温まり、弱火にかけられたカスタードクリームはとろとろなめらかだ、オーブンの中ではパイやクッキー・スポンジケーキがこんがり焼けて、艶よく煮上がった林檎にシナモンパウダーがふられる、、お店の奥で行われる素晴らしい作業から生まれる香りは混然となって、まるで一度も行った事のないヨーロッパのお店にいるようだ。今でもあの夢のような空気をはっきり思い出せる。

子供ながらにちょっと気取って注文すると、お店の奥さんが優しげな仕草でケーキを丁寧に箱に入れてくれる。奥さんは確か髪には白い三角巾、パステルカラーのエプロンをつけて、いつも穏やかで軽やかでニコニコしていた。

あまり度々お店に行くので、そのうちすっかり奥さんと顔馴染みになった。

「クッキー、ちょっとだけど余ったから良かったらどうぞ。」

「今日はプリン、少し失敗しちゃったから2個持っていってね。」

お小遣いで買うケーキの他におまけまでもらうので、当時の私は見事にプクプクポッチャポチャだった()


そんなことをニヤニヤ思い出していたら、ふとある事に気付いた。

あの時、私は誰と一緒にケーキを食べたんだ?


私はひとりっ子だ。

父は勤め人で、母はあまり家にいる人ではなかった。

小学校の時の友達とはクラスが違ってしまって、中学の放課後、一緒に遊ぶような友達はいなかった。家に帰っても猫たちはホントたくさんいたけれど、私に気を掛けてやろうなんて奇特な猫はいない訳で、、(笑)。

普通に考えてとても孤独な子供だったと思うのだが、何故だろう、あの時、寂しかったという記憶がまるでない。

学校から帰ってたった一人で食べたケーキがとても美味しかった、お店のヨーロッパのような空気と奥さんの柔らかな笑顔が素敵だった....、それが全てだ。


“寂しい”という感覚を知ったのは、もっとずっとずっと大人になってからで、それも対象者のはっきりした寂しさーいわゆる『失恋』(o_o;)ってやつだから、傷が癒えればまた一人が平気になる。

”一人”が平常運転である(笑)。

誰かと一緒にいる、あるいはみんなとわいわい遊ぶ時は本当に楽しい。おしゃべりが大好きだから、こういう時は時間が経つのを忘れてしまう。幸せだなぁ....なんて思う。

それでも、一人でいる方がずっと自分らしい事であるという気がしている。

そこに”寂しい”という感覚は無い。


寂しさの感性は、ひとりっ子と関係があるのだろうか?

ひとりっ子は小さい頃から一人で遊ぶ事に慣れている。

公園なんかで子供たちがグループで遊んでいるのを見ていると、その中にいるひとりっ子は何となく分かる。周りにどれだけたくさん友達がいても、彼(彼女)の心は慣れ親しんだ自分だけの世界にいるのだ。

一人でも大勢といても、心は孤独である。そしてその事と、寂しさを感じるか感じないかは全く別次元の話だ。

 

お、この問題について書くとめちゃ長くなりそう、、。

そういえば、私の周囲には”ひとりっ子ミュージシャン”がいっぱいいる。

みんな一癖ある強者.....^  ^;;、( あれ?私もか..... ・_・ )

みんなに地道な調査取材して、いつかちゃんとレポートまとめてみようと思います(キリッ)!


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2015年

3月

25日

桂米朝師匠

3月19日、桂米朝師匠が永眠された。

ちょうど新潟に帰っている時で、朝テレビをつけたらいきなり師匠が亡くなったというニュースが流れて、身体じゅうの力がすっと抜けた。


私は毎晩、寝る時に落語を聞く。というか、スマホから小さな音量で流れる落語が子守唄(笑)だ。


そんな習慣を続けている間に、お気に入りの噺家さん-心地よい眠りに誘ってくれる噺家さん-が二人できた。古今亭志ん朝さんと桂米朝さんだ。

それほど落語に詳しい訳でもなく、ただ若い頃から古典落語の中で語られる”時代の空気”みたいなものが好きだった。

特にこの二人が語る江戸や上方はとても生き生きとしていて、まるでその場にいるかのような臨場感がある。遊郭や裏長屋・泥棒やけちん坊の噺なんかでもどことなく”品の良さ”を感じて、いつからか選んで聞くようになった。

「こういうのが粋っていうんだな!」なんて分かったような事を言ってみるが、本当の”粋”が分かるのは十年ぐらい先だろうか、、。


今分かるのは、話芸のリズム感覚だ。

ビル・エバンスやキース・ジャレットの演奏の心地よさに相通じる至極のテンポ感と間の取り方、ブラッド・メルドーの変拍子演奏でも同様に感じる端正な音の流れーあるべき場所に音がある、大きな流れの中に的確な音があるという事。

落語の名人芸と、Jazzの名演に共通項が多くあるような気がしてならない。

心地よい眠りに誘ってくれるのは、脳が余計な事を一切考えずただただ気持ちが良いからだ。


古今亭志ん朝師匠は2001年に亡くなった。

桂米朝師匠が亡くなって、二人ともあちらに行ってしまった。

父も母も、紫式部も森鴎外もあちらに居るのだ。

あっちは随分と楽しそうだ....。なんか楽しみだなぁ....。


米朝師匠、ご冥福をお祈りいたします。

日本の素晴らしい古典芸能-落語の為のご尽力を心から尊敬します。

私は一生、落語が大好きだと思います!




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2015年

3月

16日

花粉症

3~4月はもの凄くツラい時期だ。

目に見えない悪玉花粉を呪い、花粉をまき散らす杉の木を呪い、杉を植え過ぎた林野庁を呪い、林野庁に仕事をさせた日本国政府を呪い、最後に日本に生まれた事を盛大に呪ったところで、でもまぁほら、お寿司も食べれるし日本酒も美味しい、電車も時間通りに来るしお巡りさんも優しくて平和で安全だし、やっぱ日本に生まれて良かった、よしよし、、てな”人生山あり谷あり-楽あれば苦あり”的な思考ロジックで、自分を宥め慰め激励しながら苦難の日々をやり過ごす。



一昨年と去年、新潟で春を過ごして「花粉症、私もしかして治ったかもしれない!」なんて言って周りに自慢していたのに、単に新潟は花粉量が少なかったんだな....o_o

 

東中野のお店でライブの日。

ツッチーが、大きなマスク・マフラーで顔見えない状態でお店に来た。

「お互い、大変ですな~。」と花粉症同士、相身互いでいたわり合っているところにオッチーが颯爽と来店。

「オッチーは花粉症、ないの?」と聞くと、

「僕、ないですね ^ ^ 煙草で治るみたいですよ。」

「えぇ~っ?!マジで?」

いろいろ解説してくれて、「ふ~ん、なるほどね....。」と納得したが、ちょっと待てよ、、、煙草と花粉症。どっちが身体に悪いんだ?

花粉症が治るから煙草吸おっかな!っとは単純にいかない訳で、なかなか悩ましい問題ではある。

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2015年

3月

06日

憧れの人

先日、四谷のお店でライブだった。

ライブ後、初めてお会いするマスターが水割りウィスキーのグラスを片手に「僕の憧れの人は、櫻井よしこさん!」と嬉しそうに語っていた。

先週、私がよく行く三鷹のお店のママさんが、カウンターにパンフレットを広げていたずらっぽい笑顔で言った。

「あなたも一緒に行く?」- 櫻井よしこ氏の講演会の案内だった。

 

わずか数日のうちに、まるで縁もゆかりもない2つの場所で偶然に櫻井さんが話題にのぼるなんて、なんか凄い事じゃないだろうか?

かく言う私も彼女が大好きである。そして、マスターとママが櫻井氏いち押しなのは全くの偶然だ。

マスターは「貴方も好きなの?!」と多少意外そうに喜んでいた。

ママは以前から私に、「あなた、政治家になんなさいよ。」なんて無責任な事を言っている。私が時々えらそうに一席ぶつ日本保守論が、ママの好きな櫻井氏の主張信条と合うからだと思うが、ネタ元のだいたいが櫻井さんなのだから至極当然である....(笑)。

 

日本のジャーナリストについて詳しい訳ではないが、彼女の主張と私の考える事が一致する事項が多い。

政治的に論争がある問題についてそれも非常に多岐に渡る -ここまで理路整然と明確に自分の意見を主張できる強さと賢さに、心底ほれぼれする。( 私が考える事なんて、ただの漠然とした感想みたいなものだ。)

その上、とっても美しい女性である。

こんな素敵な人っているんだなぁ....、と思う。

生い立ちを調べたら、お母さんが新潟出身で彼女自身も新潟の高校を卒業している!

ちょっと感動した、、。

<櫻井よしこ氏のHPより>

 

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2015年

2月

16日

高速バス

1年前までは月2回、現在は月1回のペースで東京-新潟間を移動している。

時間の余裕がある時はたいがい、新幹線の1/3以下の料金で行ける高速バスを利用する。

自宅から歩いて2分の西武新宿線の駅から下落合駅まで10数分。駅前の高速バス停留所にほぼ時間通りに大型バスが到着する。

車体下部トランクに重い旅行バッグを預けて指定席にゆったり収まると、それから5時間は優雅で静かなくつろぎの時間(笑)だ。


まず座席を快適な角度に調整し、靴を脱いでフットレストに足を伸ばしてしばし和む。

窓の外は見慣れた目白通りの景色で、目印のお店や建物をただぼっと目で追っていると脳と身体からちょっとずつ力が抜けていく。眩しく晴れたお昼前だったりどんより曇った夕方だったり、どんな情況であれ”自分の縄張り”みたいな不思議な安心感がある。

やおらバッグをごそごそ探ってiPhoneとイヤホーンを取り出す。

大好きなキース様、ビル様....そういえばハービー様は最近聴いてないわね....、iTuneをあれこれ検索した挙げ句に、何故だか古今亭志ん朝の落語を長々と聞いたりする。


川越的場あたりからそわそわ落ち着かなくなる。

冷たい小雨なんぞが降って薄暗い空だったりすると、”もののあはれ”ってこんなふうかもしれない....急に古風な言葉を思い出して心細さにじわじわ襲われる。

バスはどんどん山の奥へ突き進み、それにつれて景色の中から人工的なものがみるみる少なくなっていく。

しばらくすると、バスは見渡すかぎり”手つかずの自然”にすっぽり包まれる。


春から夏。山々は眩いほどの緑と所々咲き乱れるピンクや白や様々な色の花々で彩られる。

緑は、季節と共に新緑の鮮やかさから深く濃い色合いに落ち着いて、吹く風が冷たくなる頃には赤や黄色や橙色に徐々に染まっていく。そしてある時突然、山全体が豪華なペルシャ絨毯のようになる。

天気が良い日の夕刻。遠く山の端にゆっくりと沈む神々しいまでに美しい夕陽は、一瞬この世ではない世界を錯覚させる。まるでSFファンタジーだ。

冬。山と平野は全てを雪に覆われ、一幅の水墨画になる。色を失った白と黒だけの世界の厳かさに思わず息をのむと、車内の所々で携帯電話のカメラがカシャッカシャ鳴る。

もう数えきれないくらい見た風景の数々だが、その都度、日本に生まれて良かったと思う。新幹線でサァッと過ぎてしまうのは本当に惜しい。

こんなにも日本は美しいのだ。


ひとしきり風景に感動したあとは、これまた大好きな『妄想タイム』(笑)が始まる。

このブログに書いた記事の多くが、この『妄想タイム』の産物だ。

ああだこうだどれだそれだと、まぁ好き放題にいろんな事を考える。

昔の事を思い出したり火星移住を考えたり、日本の未来を憂えつつ夜は何を食べようか悩んだり、、。


上里サービスエリアと越後川口サービスエリアで休憩。


新潟まであとちょっとの1時間というのが、なかなか”だれる”(笑)。

音楽も落語も窓の景色にも飽きて、考えるネタもおおかた尽きてくる。背中も首も凝ってくる。

東京=新潟間は4時間がベストである、私的には....。

まぁ文句を言ってもしょうがない。

”実家に着いたらやることリスト”を頭の中に書き出しているうちに、家のDVDに予約録画しておいた映画とお気に入りTV番組があるのを思い出して、一気に気分がホクホクしてくる。

ん~、新潟駅前降車場に誰か素敵な人が待っているとか、デートの約束があるとかでホクホクするんじゃないというのが、考えてみれば微妙に残念なような、、。

でも、仮に夢のような出会いが”今”あったとして、『DVD見ながらお家で一杯』の方を確実に取っちゃいそうな自分に「いやいやそれは、、。」とダメ出しするべきなのかどうか、ここは深く迷うところだ。

それなりに幸せっていうのは、変化・進歩の芽を摘んじゃうのかもなぁ....。


そうこうしているうちに新潟到着。

バスを降り、在来線ー我が”越後線!”に乗るべく新潟駅正面改札に向かう。

降りる時には運転手さんに、「ありがとうございました!」を必ず言う。

ランドセルを背負った小学生のようだが、何故か言わずにいられない。やっぱり私は”高速バス”ファンなのだ^ ^

4時間だったらほんともっともっと良いんだけど....o_o

 

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2015年

2月

09日

ジャーナリスト

2012年4月に書いた私のブログの記事( 4月21日『テレビ』)


調査報道を遠ざける日本の報道体制、その中で生きるジャーナリストたちは何を信じて仕事をしているのだろう。

政府発表、官庁発表を全てとする事なかれ主義と、捏造・煽動を懲りずに繰り返す悪質な学者や評論家たち。

何を信じたら良いのか分からなくなっている私たちと、何を信じて仕事をしていったら良いのか分からないジャーナリストたち、、もしそんな構図なら、本当にテレビは要らない。

 

福島原発の事故について調査した、ドイツ国営放送制作のドキュメンタリー番組を見てショックを受けて書いた記事だ。

なぜ、日本の放送局じゃないのか?

日本の国内の真実さえ報道できないマスメディアって一体なんなのか....。


1月末にイスラム国に無惨に殺された後藤健二さんは、フリーのジャーナリストだった。

彼は、中東やアフリカ地域などの危険な紛争地帯に自ら赴き、その悲惨で国際的に無援な様子を日本のメディアに伝えた。

大手放送局等の体制に与しない後藤さんのようなフリーランスのジャーナリストたちの存在を、今まであまり考えた事がなかった。ほとんど知る機会がなかった。

複雑に絡み合った体制の内部では様々な制約を受ける調査報道。

彼らはそうした調査を水面下で行っているのか?隠された真実を探っているのだろうか?

私はジャーナリズムについて、あまりに無知だった。

世界中で独立して(フリーランスで)活動するジャーナリストたちが、それぞれの視点で世界を捉え、自らの信念で情報を発信している。

自由な立場に身を置くからこそ可能な事だ。そういう人たちの事をあまりに知らずにいた。


シリアの子供たちを取材する後藤さんの写真を見た。

写真の中の後藤さんは、しっかり紛争地帯の子供たちと向き合っていた。

何かを暴くのではなく隠された真実をさらすのではなく、後藤さんはただ淡々とそこにある事実を伝えようとしていた。命を懸けて。

子供たちを見つめる穏やかな笑顔の中に、もの凄く強い信念を感じた。

ジャーナリストとして、人間として、彼が信じようとしていたものが伝わってくるような写真だった。

”報道-ジャーナリズムの持つ全ての人の心を動かす力”を信じて彼は仕事をしていたのだ。


後藤健二さん。ご冥福をお祈りします。

私は自分の無知を恥じ、貴方の信念の力を心から尊敬します。

中東に一刻も早く平和な時が戻りますように。

トルコとの国境に近いシリア北部の都市アレッポでの取材風景(INDEPENDENT PRESSの写真より)


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2015年

1月

31日

アンパンマンの謎

お正月元旦。

新潟市のローカル電車”越後線”に乗っていたら、通路の向かいに座っていた家族連れの小さな女の子が、よほど退屈だったのか両親を困らせるくらいにぐずり出した。2歳くらいだろうか...。

お母さんとお父さんがいろいろやってみるが、全然駄目である。

見ているこちらもギャン泣きやむなしと覚悟していたら、お母さんがおもむろにバッグの中からなにやら市販のお菓子の箱を取り出した。

女の子はその箱を見ていきなりおとなしくなった。まじっとパッケージの絵を見てから箱の中のチョコレートを一つ口に入れて、さっきまでの騒ぎが嘘のように、片手にしっかりお菓子の箱を握ってもぐもぐしている。

そのチョコレートは『アンパンマン・チョコ』である。

パッケージには、勇ましくも愛らしいアンパンマンとその仲間たちが描かれている。

たまたまその女の子がチョコレートが大好きだったから、私たち乗客一同は事なきを得たのだろうか?

否、彼女はアンパンマンが大好きだったのだ。全てはアンパンマンのお蔭、絶対に間違いない。

何故なら、同じような光景を何回も見たから...。

四ヶ月前に従兄弟の娘さんの結婚式に参列した時、親族のご夫婦がやはり2歳くらいの女の子を連れてきており、一族写真撮影の際に撮影スタッフが彼女のご機嫌をとろうといろいろやるが上手くいかない。

お母さん:「アンパンマン人形、忘れてきちゃったわ、、。」

スタッフが他のマスコット人形を持ってきて「ほら、アンパンマン~!」とかやるが、本物アンパンマンを見分ける彼女は見向きもしない。

「こんな偽物で騙そうなんて失礼しちゃう!」ってなもんである。

よく行くライブハウスのママの娘さんも、アンパンマンが大好きな2歳児だ。

先日、ツッチーが、クレヨン12色セットで彼女の為に一生懸命アンパンマンを書いていた。隣りでママも負けずに食パンマンを書いている。

ツッチーに「よく書けるねぇ。凄いねぇ。」と感心したら、「俺の息子もアンパンマン大好きだったからさぁ。」

 

2歳くらいの子にSNSのトレンディ情報が入るはずも無く、親世代がアンパンマン世代だったわけでもない。全国のTVで毎日、番組が流されているってことでもないだろう。

これってまさに日本の子供界の『謎』・怪現象じゃないだろうか?

そこで、インターネットで『アンパンマンは何故子供たちに人気があるのか?』を検索してみた。

 

<アンパンマンに対する子供の反応>ー親の話ー

・テレビで見たわけでもなく、買い与えたわけでもなく、教えたわけでもないのにいつの間にか(たぶん1歳前にはすでに)お店で見かけるたびに「パンマン!」と指差して叫ぶようになってました。それも、どんな小さな絵でも見逃さずに。

・2歳と3歳の男の子、アンパンマン大好きです。初めての言葉が2人とも「アンパンマン」でした。それからもしばらくは口から出る言葉全てがアンパンマンでした。

・スーパーでお菓子のパッケ-ジのアンパンマン見ただけで大騒ぎです。

 

<玩具メーカーのバンダイが毎年実施している「子どもの好きなキャラクター」に関する調査で、2002年から連続11年1位の快挙>

ほう、、恐るべし!

 

ネットではその理由についていろいろな考察が為されていた。

赤が良いとか丸顔とか4頭身だからとか....。う~ん、、それならお正月の鏡餅の上に蜜柑がのってるのとか、もうちょっとみんな喜んでもよさそうだけど、、。

 

以前、クレヨンしんちゃんの記事で「大人が面白いものは子供も面白い」と書いたが、アンパンマン怪現象を知ってから、子供のアンテナは大人とは別感度のやつが数本立っているんじゃないかと思うようになった。

男性なら”超合金ロボット”、女性なら”着せ替え人形”みたいな、大人になっても記憶に残る宝物とはまったく別次元のところにアンパンマンは居て、それをキャッチするアンテナは3歳以下の子供しか持っていない。そして3歳を過ぎると、そのアンテナは突然消滅してしまう。

その時にはもう、どうして好きだったのか、好きだった事すらも思い出せなくなる。

 

ん、ちょっと待てよ...このアンテナ。

ホラー・ファンの私が今頃気付くとはなんと迂闊な、、。

2・3歳くらいの子供のアンテナ、これはホラー映画では定番アイテムだ!

母親が、小さな我が子の顔を不安そうに覗き込んで訊ねる。

「○○ちゃん、今誰とお話していたの?一人で何おしゃべりしていたの?」


霊と交信する能力を普通に子供が持っているというのは、ホラーの世界では常識だ!( ホラーの常識って何さ、と突かれそうだけど...笑。)

実際の怪奇現象でも、そうした例がいくつも報告されている。それも世界中で。

霊が見える子が相当数いるってのはどうも事実らしいのだ。そして、大きくなるとだんだん見えなくなる。

 

もちろん、アンパンマンと幽霊に共通項はない。たぶん違う周波数を感知する別アンテナと思われ、、。でもこんなふうに考えると、小さな子供に一体何本アンテナが立っているんだ、と俄然わくわくしてしまう。

彼らが不思議そうな顔でどこか一点を見つめている時、そこには異次元の入り口が開いているのかもしれない!!

 

、、いかんいかん。アンパンマンからすっかり外れてしまった、、。

『アンパンマンは何故子供たちに人気があるのか?』 o_o

たぶんアンパンマンは、子供たちにしか感じ取れない”何か”、めちゃめちゃ子供が大好きな”何か”、丸だの赤だのじゃなくもっと根源的な、人間の本質に関わる”何か”を持っているのだ。

それは大人が既になくしてしまった感性が感じるもので、親でさえそれが何か分からない。

 

これはきっと『アンパンマンの謎』ではなくて、『子供たちが持つ不思議なアンテナの謎』である。

アンパンマンは期せずして、このアンテナに引っかかったのだ。あるいは、作者”やなせたかし”が普通は失くしてしまう子供の感性を持った大人だったのだ。

そのどっちかは分からないけれど、”何故”を探るのはもの凄く無意味だ。真相が分かったところで、私たちにはきっと理解できない。霊の存在も異次元も信じられない大人たちの感性では、きっと理解できない。

 

子供たちが見ている世界は、人が生まれ出る前の世界、魂の世界とオーバーラップした世界ではないのか。

子供たちが成長する過程で徐々に大人の作った世界にシフトして行き、根源的な感性を失う事で現実世界に適応するのではないか?

魂の世界の記憶を忘れる事で、大人たちとうまく折り合いをつけるのではないか?

不思議なアンテナは、人が生まれ出る前の世界とこの世を繋ぐ唯一のもので、わずか数年で消滅するので存在を確認する事や証明する事ができない。

この謎はオカルトの世界でしか議論の俎上に載らないし、そもそも子供が大人と同じ物を見ているのかという事について疑問を感じる人などいるのだろうか?

 

『アンパンマン』ーいろいろ考えてみたけれど結局よく分からない。大人だからかなぁ、ホラー好きだけど....(笑)。

しかし2・3歳くらいの子供って本当に面白い。謎多し!

自分が小さい頃の事、もっと覚えていたらなぁ....。

アンテナ、何本立ってたんだろう?魂の世界の記憶、持っていたんだろうか?

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2015年

1月

17日

音楽と仕事

職業について言えば、学生時代のアルバイトを除いて人生一度も音楽以外の仕事をした事がない。

言い換えれば、音楽以外にできることが無い。

大学生の時にアルバイトに行った会社で、課長さんに「お客さんにお茶お出しして。」と言われ、高級煎茶のお茶っ葉と急須を前に途方にくれた。

どうすんだ...これ....。

 

大学を卒業し音楽の仕事に就いてからは、一般常識・家事全般・女子力アップとは全く無関係で、ほとんど音楽の事だけ考えて仕事をしてきた。

お蔭で、デートの約束をすっかり忘れて振られそうになったり、あまりに彼氏の為に何もしてあげないので( 料理とか洗濯とか掃除とか.....)、ほんとに振られた....o_o

バブル期という事もあってこんな私でも死ぬほど忙しく、しかも周囲には恐ろしく有能な音楽業界人が恐ろしいスピードで仕事をしていた。

体力と根性だけは自信があったし、いろいろな体験や素晴らしい人達と出逢えたことは本当に幸運だった。

でも、私自身は音楽する事を楽しんでいたんだろうか?

いつも余裕がない状態だったのは、今考えれば、いつも自分の能力以上の仕事をやろうとしていたという事だ。

世の中がデジタル化され、音楽の環境も激変し、『これ、弾けます。』『譜面、作れます!』だったのが『この機材持ってないの?』『これオペレートできる?』『これもあれも、それも出来ないとねぇ。』になった。

現代の企業で働く人たちはもっと大変なのかもしれないが、音楽脳な私にはどんどんハードルが高くなっていくように思えた。

ずっと、頑張ればこれも出来る、あれも出来る!と思ってきたけれど、ある時、購入を勧められた高額なアレンジャー向け機材のパンフレットを見てふと思った。

私、何を頑張ってるのかなぁ?

どうすんだ...これ....。

 

いろいろな人に、よく思い切ってJazzに転向したねぇ、と言われる。

その都度いろいろな理由をもにゃもにゃ答えながら、自分でも熟慮の末という訳でもなかった事にちょっと驚く。

昔から私の進行方向は、『直角90度に曲がってまたいきなり90度に曲がって....』だったから何も特別な事ではないのだが、今まで一度も後悔らしい気持ちになった事がないのは幸せというか懲りてないというか、、(笑)。だいたいが直感で、ピン!ときたらダッシュ!だ。

ほとんど迷わずJazzをやろうと思ったのが我ながら凄い。Jazzの仕事が本当に出来るのかも分からないのに、、。

 

ただ一つ確実に言える事は、今、”音楽する事”が楽しくてしようがない。

ピアノに向かいながら、一人幸せを噛みしめてしまう。またまた、『常識ある家庭的でお洒落な女性』の理想から遠くワープしそうである(笑)。

ただ、もうそんな事が許される年でもないので、一般常識だけは少しずつでも勉強しようと思う。( いささか遅かったような....。)

まぁ年頭に当たり、これからの目標ってことで、ほんと頑張ろうと思う。もちろんJazzはそれよりもっと頑張ろうと思うが....。

 

今年の目標は『一般常識とオリジナル』です!

、、ん? なんか変だな....? 

 

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2015年

1月

05日

英語

去年の話になるが、東中野セロニアスでツッチー・落合くんとライブをしていたら、外国人のお客さんが2人、ふらっとお店に入ってきた。

30代くらいの素敵な雰囲気のカップルで、ピアノのすぐそばに座ったので「Where Do You Come From?」と声を掛けた。( Where Are You From? が正しいみたいだけど...。)

L.A.から観光で来たというので、片言でちょっと話した。

ライブ後もちょっと、”片言”で話した。

もう、中学英語レベルの『This is a Pen.』なのだが、都志子ママもメンバーもお客さんも、「みっちゃん、英語話せるんだねぇ....。」なんて妙に感心しているので、「全然、話せてないって!知ってる単語並べただけだし....。」

<みっちゃん=英語話せる>の誤解を解くべく、かなり焦った。

 

とは言っても、英語に関してはちょっとだけ自慢できる事がある。

小学生の頃からSF/ミステリーオタクな私は、アガサ・クリスティと彼女の探偵エルキュール・ポワロが大好きで、英TVシリーズ『名探偵ポワロ』(NHK)、特にポワロ役の名優デビッド・スーシェの大ファンである。

TVシリーズでは日本語吹き替えではなく、デビッド・スーシェの話すフランス語訛りのイギリス英語をなんとか聞き取ろうと、辞書を片手に日夜頑張った。(エルキュール・ポワロはベルギー人なので、母国語はフランス語である。)

 

去年の話になるが、東中野セロニアスでツッチー・落合くんとライブをしていたら、外国人のお客さんが2人、ふらっとお店に入ってきた。

30代くらいの素敵な雰囲気のカップルで、ピアノのすぐそばに座ったので「Where Do You Come From?」と声を掛けた。( Where Are You From? が正しいみたいだけど...。)

L.A.から観光で来たというので、片言でちょっと話した。

ライブ後もちょっと、”片言”で話した。

もう、中学英語レベルの『This is a Pen.』なのだが、都志子ママもメンバーもお客さんも、「みっちゃん、英語話せるんだねぇ....。」なんて妙に感心しているので、「全然、話せてないって!知ってる単語並べただけだし....。」

<みっちゃん=英語話せる>の誤解を解くべく、かなり焦った。

 

とは言っても、英語に関してはちょっとだけ自慢できる事がある。

小学生の頃からSF/ミステリーオタクな私は、アガサ・クリスティと彼女の探偵エルキュール・ポワロが大好きで、英TVシリーズ『名探偵ポワロ』(NHK)、特にポワロ役の名優デビッド・スーシェの大ファンである。

TVシリーズでは日本語吹き替えではなく、デビッド・スーシェの話すフランス語訛りのイギリス英語をなんとか聞き取ろうと、辞書を片手に日夜頑張った。(エルキュール・ポワロはベルギー人なので、母国語はフランス語である。)

 


その結果、犯罪( 殺人とか盗難とか )に関する様々な用語、ヒ素とか青酸カリとか毒殺とか絞め殺すとか刺殺とか偽造とか密輸とか、、ほんっと役に立たない単語をいっぱい覚えた。

法医学関係のお友達でもできればかなり感心してもらえると思うが、1930年代の昔のお話だし、ポワロはどちらかというと変人で色恋沙汰もほぼ無いので、日常英会話に関して言えばほとんど参考にならないと思われ、、。

ただ、殺人事件の容疑者にアリバイの有無を尋ねる際、「いつ、どこで、誰と、何を、どういう状況で、何故?」-WH構文満載の質問と答えが飛び交うので、その手の会話には多少慣れた。

そういえば、アメリカ人のカップルに聞いた「Where Do You Come From?」もするする出てきたなぁ....。スコットランドヤードのジャップ警部が誰かに言ってたんだよね....。

 

まぁ実用英語に慣れるのであればアメリカのTVシリーズが良さそうだが、登場人物が何故かすぐに恋愛関係になっちゃうようなので、どうも苦手だ。

ドラマじゃなくて、真面目にこつこつ勉強するのが一番なのだろうが、、。

『おもてなしの国・日本』なのだから、最低限の日常英会話はできるようになりたいと思う今日この頃である。

 

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