2016年

1月

31日

雪のこと。

ここの所、東京は久しぶりの雪で結構な騒ぎだ。

新潟出身者からすると、日本は広いなぁとぼそっと思う。

このくらいの雪でニュースになるって、まるで外国にいるようだ。

 

私が生まれた町は湯沢や十日町といった豪雪地帯からはとても遠いので、さほどの大雪は降らない。

でも小さい頃、朝起きて窓を開けると一面の銀世界で、ピンと張りつめた冷たい空気の中、陽の光を反射してキラキラ輝く真っ白な雪を眺めて、泣きたいような笑いたいような気持ちになった事は幾度もある。

たぶん、新潟の人の人生は雪と切っても切れない

 

新潟の冬。

朝起きると外は猛吹雪。あられ混じりの雪と息もできないくらいの横殴りの風。

通学通勤の老若男女は、ただ黙々と普段通りに学校や職場を目指す。父は車通勤だったが、命の危険を何度も感じたと言っていた。

私もそんな日の朝は、「わ、やだなぁ…。」と思いながらも『明日に向かって撃て!』のラストシーンみたいに(笑)、玄関から外へ頭から飛び出して行く。

天気に文句を言ってみても何になるだろう?

 

先日、東京で雪が降った時、大学は休講にするべき!・なんで社長は自宅待機を決断しない?といった書き込みがネットにあふれた。

まぁ交通網の規模と状況が違うから比較はできないのだが、そうした書き込みを読みながら、新潟人気質、雪国の人の気質みたいものをちょっと思った。

 

2011年の大震災。

被災した東北の人たちが見せた信じられない程の我慢強さと秩序正しさに世界中の人が驚いた時、私は日本人がもともと持つ美徳と同時に、雪が降る土地特有の考え方みたいなものがその根底にあるんじゃないかと思った。

困難にあった時、まずは一旦すべてを受け入れるというか、目の前の事実を”諦め”と共に冷静に認めるというか、、。

 

そんな偉そうな事を言っている私は、20代で新潟の冬から逃げ出した。

真冬の日に見た湘南の青い海が、どうしても忘れられなかった…。

でも、どんなに離れても小さい頃の雪の記憶は消えない。

 

東京に雪が降った朝、ベランダの手すりにうっすら積もった雪を見てすごく嬉しくて、思わず窓をあけて『もっと降れ〜!』なんて心の中で叫んでいた(笑)。