2016年

5月

08日

森鷗外-Part1-

国文科を卒業する時、選んだ卒論のテーマが『森鷗外』だった。

 

大学で国文科に入ったのは源氏物語に興味があったからだが、受けた講義が全く期待とずれていてすっかりやる気が失せてしまった。

学問研究は、ロマンチックな感性ばかりでどうなるもんじゃない(笑)。

 

その時期のひょんな巡り合わせで音楽の世界に舞い戻るわけだが、そうは言っても大学を卒業するには卒論を書かなければならない。

どうするかなぁ…、と考えた時にポッと心に浮かんだのが、昔読んだ森鷗外の『舞姫』だった。

 


日本人のエリート官僚とドイツ人の貧しい踊り子の悲恋の物語ー古めかしくも気品ある雅文体の文章が、昔のヨーロッパ映画のような光と影の世界をベールの向こうに描き出す。  

生々しい男女の恋愛について何か感想を持つほど大人じゃなかったが、とにかく美しいなぁと思った。

そしてその主人公のモデルが鷗外自身であることを知って、なんだかドキドキしたのを覚えている。

その時は小説に感動したというより、作者に興味を持った。『森鷗外』ってどんな人なんだろう?

 

卒論を書くにあたって、これから1年どっぷりと向き合うなら『森鷗外』以外ないように思えた。

漱石も谷崎も選択肢にない、何故か不思議な運命のように鷗外に惹きつけられた。

しかし、ここに一つ重大な見落としが、、。

鷗外が明治の文豪な事は知っていたが、あそこまでの大文豪とは思わなかった。

( 見通しが甘いのは昔から -_-;; ほんと笑い事じゃない....。 )

 

県立図書館に行って、鷗外関連の書籍の多さにマジで倒れそうになった。

全集も全38巻。書架を見上げて汗が出た。

鷗外の著作量は、400字詰め原稿用紙を毎日4枚、休まずに書いたくらいの量なんだとか、、。

 

陸軍軍医総監・高位の官僚で、明治の日本文化の啓蒙活動家でもある。

公務の他に公私の人付き合いも半端なく多かったはずで、そんな多忙な日々を送りながら、翻訳・評論・詩歌・小説・史伝・随筆などを多数執筆した。( 軍医として学術論文も書いている。)

日露戦争従軍中は、若妻と1歳になったばかりの長女・茉莉を思いやって、熾烈な戦闘の合間に愛情溢れるチャーミングな手紙をたくさん送っている。

4人の子供たちからは絶大に愛され信頼された。

4人全員が父親について本を書いていて、それを読むと、家庭人として鷗外がどれほど愛情深い人であったか胸が痛くなるほどである。

 

いったい、いったい鷗外ってどんだけ超人なんだ?!

小さな子が映画のスーパーマンに憧れるように、私は鷗外を敬慕した。

 

たくさんの作品や文献を読むうちに、彼が抱えていた苦悩や哀しみも見えてきた。

様々な事が自分の思いとかけ離れていく現実の中で、それでも自分の持てる能力すべてを尽くして国に報いようとし、家族や友人を誠実に愛した。

とてつもなく賢く、心の大きな人だったのだと思う。      

 

私の大学時代はろくに勉強しないダメ学生だったが、唯一、『森鷗外ー森林太郎』という人の”生き方”を知れた事は、私の大切な宝物になった。笑っちゃうくらいに見通しが甘かった事が幸いした。

無謀にも”テエベス百門の大都”を前にして、無我夢中・しゃかりき一生懸命に書いた私の卒論。

教授に「なかなか面白かったよ ^ ^ 」と言って頂いたが、多くの研究者たちの意見の引用ばかりで、今思い返しても稚拙で浅薄でひとりよがりで恥ずかしい限りだ。( 提出した後、大学に取りに行っていない、、。 )

 

年月を経た今、論文でも研究でもなく、ただ自分の好きな事だけを書くブログでこうして鷗外についてあれこれ考えている事を思うと、ちょっと不思議に思う気持ちと嬉しさがごちゃまぜになって、何やら幸せな気持ちになる。

『舞姫』がポッと心に浮かんだあの瞬間は、まさに運命だったのだなぁ、と思う。