市場の思い出

小さい頃、母のお使いで近くの市場によく買い物に行った。

 

市場の一番奥にあるお肉屋さんで犬にあげる大きな肉付きの骨、その斜め前の魚屋さんで猫にあげる魚のアラを、それぞれお店に頼んで分けてもらう。

我が家には、ニッパという白い毛がふさふさした中くらいのスピッツ犬と雑種の猫が数匹いて、私は、隙あらばニッパの尻尾を引っ張ってキャンと啼かせてしょっちゅう叱られていた。


その罪滅ぼしというほどの事ではないが、骨とアラは子供にはけっこう重かったけれど、文句も言わず買い物カゴをぶらさげて市場に行った。

 

お肉屋さんのおじさん、魚屋さんのおばさんは、人間用の肉や魚とは別に手際よく新聞紙に包んでくれる。

( あの頃は新聞紙がめっぽう重宝した。どこの家でもだいたい全国紙と地元紙の2紙をとっていて、それも朝と夕方の配達だったからどんどん溜まった。我が家では主に子猫たちが、破いたり敷いたりかぶったり乗ったりと、おおいに活用していた(笑)。)

 

魚屋さんの店内には、天井から小さな青いザルがゴム紐でぶら下がっていて、中には小銭やお札が入っていた。

おばさんが手を入れるとそのザルがゆらゆら上下に揺れるのが面白くて、お釣りをもらうまで目が離せなかった。

普通の子は、冷凍ケースに並べられた魚やイカなんかを面白いと思うのだろうが、、。

 

市場の玄関口近くにはお菓子やさんがあって、大きな木の棚が上向きに平置きで置いてあった。

一つ一つの棚の口には取っ手付きのガラスの蓋がついていて、中のお菓子がよく見える。

お菓子は量り売りで、「この豆菓子を200g。」と言うと、お店の人がガラスの蓋を開けてステンレスの大きなスプーンのようなものでお菓子をざくっとすくい、台秤の上に置いたビニール袋の中に入れてくれる。

だいたい200gというところでビニール袋の口を閉じる、その手さばきが手品のように鮮やかなので、私はじっと見ながらちょっと得をしたような気持ちになるのだ。

母は間食をあまりしない人だったから、何か特別な時しかお菓子やさんに行かなかった。

 

他に八百屋さんや金物屋さんもあったと思うが、よく覚えていない。

市場の真ん中をセメントで固めた通路が通っていて、低い天井には蛍光灯がチカチカしていた。

私が行く時はいつもお客さんがまばらで、静かだったような気がする。

 

ある日の夕方、日が落ちて暗くなり始めた市場の周りが騒がしかった。

市場が面しているバス通りで交通事故があって、買い物帰りのおばあさんが亡くなったらしい。市場のお店の人たちがいろいろ話しているのが聞こえてきた。

通りには、おばあさんがかごに入れていた野菜などがまだ散らばっていて、救急車が去った後の緊張感がかすかに残っていた。

交通事故が自分の身の回りで起きるなんて想像もできなかったから、ただただ恐ろしかった。

今思えば、おばあさんは怪我ですんだのかもしれない。でも、その時は通りを見ることさえ恐ろしかった。

 

その後、市場のすぐ近くに大型スーパーが出来た。

スーパーは、明るくて綺麗でなんでも揃っていた。

でも、肉付きの大きな骨や魚のアラは頼んで分けてもらえたんだろうか?

お菓子の量り売りはしてくれたんだろうか?

 

しばらくして、市場がなくなったと母から聞いた。

 

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コメント: 9
  • #1

    ぅぉ (月曜日, 30 7月 2018 21:16)

    お菓子のはかり売りは経験ないです。
    大人になった今でも、料理もしないので、食材のはかり売りも
    経験してませんが。w

    何か素敵な思い出でですね。

    あっ、そうそう、交通事故は、私のようにぼんやり生きてると
    経験しちゃいますよー自分で。 ww  生きてますが。

  • #2

    michiko (火曜日, 31 7月 2018 07:04)

    えぇ〜?! ぅぉさん、交通事故にあったんですか?
    金属の塊と生身の人間がぶつかるなんて、とんでもなく恐ろしい事です。
    ほんと大変なことだったでしょう。よくぞ無事に生還してくれました、、(涙)。

    市場のバス通りの事件は、事故後で既に関係者は誰もいなかったにもかかわらず、小さい子供には大きな衝撃でした。
    事故は本当に怖いです、、。

  • #3

    ぅぉ (火曜日, 31 7月 2018 19:21)

    1回目は小学生の頃 ほぼ停止に近かった車に飛び出しでぶつかった自業自得事故
    捻挫で済みました。
     2回目はバイク同士 バイクはかなり破損、私は無傷、相手は入院(ご存命かと)
    あとは保険屋さんにおまかせ。

     免許は持ってるけれど私は運転すべきではないと思い現在ゴールド免許ですw

  • #4

    マチダ (火曜日, 31 7月 2018 22:48)

    下町育ちで、市場はありませんが食材は全て小売店、又は行商でした。
    包装材としては、新聞紙の他に経木も普通に使われていました。
    米、酒、味噌、醤油、砂糖、塩等は、決まった店の御用聞きさんが、裏口から勝手に台所に上がり、残量を確認して適量を置いて行く方式でした。

    お菓子の量り売りも、小学校低学年当時は匁(もんめ)で、その後グラムに変更となったような記憶です。

    なにしろ古い話でして。

  • #5

    michiko (水曜日, 01 8月 2018 07:36)

    ぅぉさん、2回って、、。それも捻挫に無傷って、運が良いというか守られているというか、、。
    ゴールド免許、私もで〜す^o^
    昔は高速とか、ぶっ飛ばしてましたが(笑)。よく生き延びたもんです...。

  • #6

    michiko (水曜日, 01 8月 2018 07:49)

    マチダさん、経木ってお肉やさんとかお餅やさんで大福を買った時とかに包んでくれた、あの薄い木の皮ですね。
    懐かしいなぁ、、と思ってネットで調べたら、ネット雑貨で売ってました。お弁当のおにぎりを包むと、美味しさが損なわれないそうです。

    御用聞きとか量り売りとか、昔の日本の文化って合理的でエコだったんですね。
    私は今でも、スーパーよりは商店街のお店派です!

  • #7

    ぅぉ (金曜日, 03 8月 2018 05:20)

    そうそう、新聞紙 思いの外役に立つのですよね。 読む以外の用で w
    世に言う新聞はとってませんが、うちは自治体によるタウン誌的な新聞が
    定期的に配られてるのでそれを残しておいて役に立ててますw

  • #8

    michiko (金曜日, 03 8月 2018 12:20)

    ぅぉさん、”読む以外の用で”って情け容赦なさ過ぎ....(笑)。
    産経新聞と日経は、なんとか頑張って生き残ってほしいなぁ。

  • #9

    ぅぉ (土曜日, 04 8月 2018 01:13)

    いゃいゃそういうのでなくて。 いゃちょっとありますが。
    近視に乱視に老眼で文字読むのが辛いお年頃な訳です。